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17. 山籠もり修行の、その前に


 山籠もり修行を目前に控えた、終業式三日前。


 騎士科の朝稽古では、騎士団から派遣された指導教官が、厳しい稽古をつけてくれる。


 卒業後の進路は皆、命のやり取りをする現場となるため、学生のうちから緊張感を身に着ける必要があり、指導にも熱が入る。


「そこまで!」


 声を合図に稽古を中断した指導教官は、ギルの元へと歩み寄った。


「ギル、少し見ない間に体幹が安定してきたな」

「ありがとうございます!」

「剣筋も良くなってきた。レナードもだが……お前達、急にどうしたんだ?」


 指導教官の言葉に、騎士科のクラスメイト達はこっそり耳をそばだてる。


 最近ギルとレナードが、急にメキメキと強くなったのには気が付いていた。


 打ち合いをしても剣を取りこぼすことがなくなり、剣速も上がってきた……なんなら身体も一回り、大きくなった気がする。


「レナードと一緒に、放課後トレーニングに励んでいます!」

「そうか……それにしても短期間で、随分と見違えた。もしかして学外で、誰かに師事しているのか?」


 少しでも将来につなげるためには、騎士科に在籍するうちに、成績を残す必要がある。


 叶うならばその秘訣を聞き、自分達もおこぼれに預かりたい……皆そんな気持ちで、ギルを見つめていた。


「はい、イザベラ様の専属護衛騎士、ジョルジュ様に師事しています!」

「なに!? あのジョルジュ卿にか!?」


 師事しているのがジョルジュと聞き、指導教官は「そういえばギルは、イザベラ様と婚約をするのだったな」と独り言ちた。


「あの方に師事できるとは、羨ましい。叶うなら俺も参加したいくらいだ」


 得心したように頷く指導教官……だがクラスメイト達は、師事した相手がイザベラの専属護衛騎士と聞き、教えてはもらうのは難しそうだと、ガクリと肩を落としている。


「騎士科の上位三名は、騎士団への推薦枠も狙える。そのまま頑張れば、王国騎士団も夢じゃないぞ!」


 バシンと背中を叩かれ、痛みを堪えながら、ギルはひきつった笑みを浮かべた。


「継続することが大事だ。長期休暇中は、自主トレーニングに切り替えるのか?」

「いえ、ジョルジュ様と一ヶ月間、山籠もり修行をする予定です」

「山籠もり修行!?」


 驚きの声を上げたのはレナード……山籠もりについては、まったくの初耳である。


「おい、ギル。それは俺も聞いてないぞ。それなら俺も参加したいんだが」


 手を挙げて立候補したレナードに、羨望と嫉妬の視線が集まる。


 それもそのはず、放課後のトレーニングだけでこれほどの差がつくなら、一ヶ月の山籠もり後はとても敵わないかもしれないのだ。


「訳あっての山籠もりだから、念のため、イザベラ様に直接許可をもらってくれ」


 イザベラから許可がでれば、自由に参加できるらしい。


 顔を見合わせ、ざわつくクラスメイトの様子を目にし、ギルは溜息を吐いた。


「ええと……もし他に参加したい者がいるなら、俺を通してではなく、自分で直接イザベラ様にお願いしてくれ。本気で話せば、きっと伝わるから」


 その言葉にまたしても顔を見合わせ、助けを求めるようにレナードへと目を向ける。


「俺は自分の分しか頼む気はないから、参加したい奴は自分でお願いしろよ?」

「今日の放課後はトレーニングがあるから、イザベラ様がいらっしゃる特進科最寄りの、空き教室まで案内するよ」


 ちゃんと知れば、どんなにいい子か分かるから、とギルが微笑むと、どこからかカシャンと何かが落ちる音がした。



 *****



「ごっ、御覧なさいパメラ! ギル様が激しく動いていらっしゃるわ!」


 朝稽古で打ち合いをしているのだから、激しく動くのは当たり前である。


 いつもの定位置である木陰で、今日もまたオペラグラス片手に大興奮のイザベラは、草むらに潜んでいたパメラへ得意げに声をかけた。


「わたくしが見る限り、ギル様を超える手練れは、騎士科にはいないようね!」


 週明け、少し落ち込んでいたので心配していたが、得意満面……すっかり元気を取り戻したイザベラに、パメラはホッとする。


 山籠もり修行については、昨日の授業後、改まってお願いに来たギルから話を聞いていた。


 だがレナードが立候補したあたりから、何やら雲行きが怪しくなってくる。


「ジョルジュ様、もし他のクラスメイトが一緒に修行をしたいと言ってきたら、どうされるおつもりですか?」

「……不本意だが、イザベラ様が許可をなさるなら仕方ない」


 騎士科の中には、イザベラに悪感情を持つ者もいる。


 少し離れた茂みに潜むイケメン専属護衛騎士、ジョルジュへ声をかけると、「すべてはイザベラ様次第だ」と険しい顔で言い放った。


「イザベラ様は、どうなさるおつもりですか?」

「そうねぇ……」


 イザベラが迷うように首を傾げると、「今日の放課後はトレーニングがあるから、教室まで案内するよ」と、ギルがクラスメイトに告げている。


「イザベラ様、大変です! 放課後お願いに来るらしいですよ!」

「ギル様は、お優しいから」

「そうなるだろうとは思いましたが、でもイザベラ様の悪口を言っていた奴らも交じっているんですよ!? なんて図々しい!」


 我慢出来ないと文句を言いながら、腹いせにブチブチと草を千切るパメラに、思わずジョルジュも賛同した。


「イザベラ様が許可を出すなら仕方ありませんが、そもそもギルやレナードほど、やる気があるとも思えません」

「ジョルジュ様の仰るとおりです! 私は許可して欲しくありません!!」

「お前達がそこまで言うなら、追い返そうかしら?」


 騒ぎ出す二人に、段々その気になってくるイザベラ……その時、ギルの声が風に乗って、イザベラへと届いた。


『ちゃんと知れば、どんなにいい子か分かるから』


「ギ、ギル様――ッ!!」


 イザベラの手から、オペラグラスがこぼれ落ちる。


 カシャン、と音を立てて地に落ち、イザベラもまた崩れ落ちる。


「どっ、どうされたのですか!? しっかりしてください!」

「大変よパメラ……追い返すという選択肢は、無くなったわ」


 褒めてくださった、ギル様のためにも……!!


 イザベラが決意に満ちた目を騎士科へと向けると、その鋭い視線に射抜かれて、レナードがビクリと身体を揺らしたのである。



 *****



(おい、どうするんだ。激怒しているじゃないか!!)

(だから止めようって言ったんだ)

(一言目から謝罪したほうがいいのでは!?)


 高級感溢れ、ふわりと良い香りのするラグジュアリー空間。


 とても教室とは思えないその部屋のガラス越しに、血反吐を吐きそうなほどキツいトレーニングを課される、ギルとレナードの姿が見える。


(俺達、あれをやるのか!?)

(でも一ヶ月だ。一ヶ月我慢すれば、将来への道が拓けるかもしれないんだぞ!?)

(まずは謝罪から……)


 もにょもにょと口篭もるギルのクラスメイト達を、イザベラはゆったりとソファーに腰掛け、腕組をしながら睨みつける。


 本当は睨んでなどいないのだが、如何せん、そう見えてしまうらしい。


「お前達……わたくしに、何か言いたいことがあるんじゃなくって?」


 スッと目を細め、イザベラがクラスメイト達を見廻すと、一人の生徒が「申し訳ございませんでしたッ!」と叫び、震えながら地にひれ伏した。


 次いで口々に謝罪を述べながら、一人、また一人と地にひれ伏していく。


 今にも射殺しそうな眼差しで見下ろす公爵令嬢と、床に頭を擦りつけながら震え、下僕のようにひれ伏す青年達。


「追い返したほうが、良かったのでは……?」


 助けを求めるように、パメラが窓の外へと目を向けると、状況が理解できず仰天するレナードと目が合った。


 分かります……分かりますよ、その気持ち。


 今日は長い話し合いになりそうだ――。


 まだ何も始まっていないのに……パメラは疲労感に、溜息を吐いたのだった。








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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらずのこじらせ令嬢っぷり健在ですね。 パメラの今まで陰口を叩いていた貴族令息達にまで参加を認めるのは嫌だという気持ちには激しく同意します。 イザベラ様もう少し持ち物は大切に扱いましょう…
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