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11. 御褒美にお願いしたいこと

「イザベラ様、甘いものはお好きですか?」


 緊張しているのだろうか。

 普段の様子が嘘のように押し黙り、繋いだ手をじっと見つめながら歩いている。


 レナードのように饒舌に話せればいいのだが、如何せん三人兄弟の末っ子。


 男同士で騒ぐのには慣れているものの、女性に対しては分からないことだらけである。


 甘いものが好きかもしれないと、事前に調べていた焼き菓子の出店が近付くにつれ、良い匂いが漂ってきた。


「あれは?」

「今女性に人気の焼き菓子です。外側は柔らかく、中に甘いクリームが入っています。一口サイズなので、一緒に食べませんか?」


 小さくて丸い焼き菓子に、短い木の串が刺さっている。

 恐る恐る口に運ぶと、焼き立ての柔らかさに驚いたのだろう。


 イザベラは一瞬目を見開いた後、頬を緩ませた。


「……わぁ、ギル様美味しいです」

「こちらは男性に人気の飲み物です。少ないので一気に飲んでください」


 頬に手を当て嬉しそうに微笑むイザベラへ、ギルは怪しげな黒い飲み物をそっと手渡す。


 イザベラは怪訝そうに目を眇め、恐る恐る飲み干すと、慣れない刺激にゴホっと咳込んだ。


「なんなの!? 口の中が痛いわ!!」


 目をまるまると開いて仰天するイザベラの姿が新鮮で、思わずギルは吹き出してしまう。


「こ、これが人気……」

「希釈した果汁と発泡する液体を混ぜた飲み物です」


 何てことをするのだと黒い液体を睨み付け、笑いながら説明するギルに、「今度は飲む前に説明してください」とイザベラはクギを刺しつつ笑い出してしまった。


 すっかり緊張が解け、二人で色々な出店を覗いていると、あっという間に陽が傾いてくる。


「イザベラ様、もしお時間があれば広場に行きませんか? カボチャのランタンが灯るので、とても綺麗ですよ」


 早く早くと手を繋いで向かうと、まだ明るさの残る中、そこかしこで仄かな灯りが影を作って揺れ動く。


「ギル様……実はわたくし、こうやってお出掛けするの、ずっと憧れていたんです」


 口元を綻ばせ、その光景をじっと眺めていたイザベラが、ぽつりと呟いた。


「普通にしていても誤解されたり、怖がられたり……慣れたといえば嘘になりますが、仕方ないと諦めていました」


 少しだけ眉尻を下げて、溜息を吐く。

 見上げるその瞳が、心做しか潤んでいるような気がした。


「友達と遊びに行ったり、あの、す、好きな人と一緒にお出掛けしたりだなんて、わたくしには無理だと思っていたんです」


 ――こんなに、いい子なのに。


 小さな声で、ふふ、と笑う姿はどこか寂しく、なんだか消えてしまいそうな儚さがある。


「……これからは、いつでも」


 寂しそうに笑うイザベラを見ていると、何もしてあげる事の出来ない自分の無力さを、ひしひしと感じてしまう。


「出来れば二人がいいですが、たまにはパメラとレナードも一緒に四人で」

「ふふふ、……はい。いつでもお誘いください」


 あっという間に薄暗くなった広場は、ランタンの灯りに引き寄せられるように人が増えていく。


 行き交う人々の誰もが足元の灯りに目を留め、暖かな灯を楽しんでいた。


「ギル様。ご褒美にお願いしたいこと、決まりました」


 遠慮がちに、ささやくように告げるイザベラ。

 ギルはその顔を覗き込み、続きを促すようにそっと微笑んだ。


「……そのままの名前で、呼んでくださいますか?」


 まるで泣いているように潤む瞳が、ギルの姿を映し込む。

 薄ぼんやりとした景色に、ランタンの優しい光が溶け込んで、イザベラの頬を朱く灯した。


「……イザベラ」

「はい」

「……俺のこと、好きになってくれて、ありがとう」


 まっすぐにギルへと目を向け、ふわりと柔らかい笑みをこぼすイザベラ。


「そんな、私こそ、いつも感謝しております」


 心の隅っこが、じわりとあったかくなるような、そんな気持ち。


 繋いだ手が少し解けて、指が絡み合うように交差する。


 触れる指から伝わる体温がなんだか切なくて、ギルは握る手に、少しだけ力を込めた。







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