戦死者との語らい
目は治ったもののすぐに出勤したら「仮病を使って休んだな」と思われても嫌なので、1週間は休ませてもらった。病院へ行くと、果たして医師は驚いていた。まさか亡霊に治してもらったなどと言えるわけがない。そんなこと言ったら、それこそ違う病名で自宅謹慎を命ぜられそうだ。医師の驚きにただ合わせるしかなかった。
「目の出血はすべて収まっているし、視力は復活しているし。普通はこんなことはあり得ないんだが。奇跡中の奇跡ですね」
やはり、あの曾祖父の亡霊がやることだ、奇跡には違いない。病院へ行く他は自宅でテレビを見ていた。ワイドショーは、あのシルエットの事件ばかりだった。コロナの時もワイドショーは大いに盛り上がったものだったが、今回は、どのようにして盛り上げようかと、各局は悩んでいるようだった。第一、犯人像が全く浮かんで来ない。やることが奇抜過ぎて常軌を逸している。どんな解説者を呼んでも、的確な解説などできる訳はない。
ある局のワイドショーで、コメンテーターのお笑い芸人が、コメントに詰まり、やおら立ち上がると、
「やい、出てこい、このくそったれ野郎、正体を見せてみろ」
とカメラに向かって怒鳴った。すると、その画面はすぐに消された。局が不適切な言動に切ったわけではなかった。その後に、また、あのシルエットが電波ジャックして現れて来た。
「くそったれは、適切な表現ではありませんね。私はそうは思いませんが、今のこの日本では、いや、世界では、やたらと人の言動に文句をつけますね。差別用語だとか大騒ぎしていますが、人はしゃべる動物ですよ、あからさまに人を侮 辱したりとか下品な言葉使いが許さないことは私も承知していますが、なんでもかんでも人の言葉尻を捉えて大騒ぎはいかがなものでしょうかね。そこで話は変わりますが、私が先に要求したことは、国会では真面目に討議されているんでしょうか」
画面は元のワイドショーのスタジオに戻っていた。立ち上がっていたお笑い芸人の男は、尻もちをつくように座席に腰を下ろした。その時、スタジオ天井の照明ライトが落ちて来た。お笑い芸人の足元に。落ちるはずのない大きなライトが落ちて、壊れた部品がスタジオに飛び散った。お笑い芸人は、スタジオから飛び出して行った。
亡霊さんよ、曾祖父さんよ、ちょっとやり過ぎじゃないのかな。そのことがあってから、やりすぎは続いた。翌日には新聞の週刊誌広告欄が読者の手元に届くころに紙面から消えていた。何度印刷しなおしても、数時間経つと、その広告の部分だけが消えるのだ。また、その広告の元の週刊誌は、本屋に並ぶ頃になると表紙を除いて、あとの全ページが真っ白となっていた。
「勇君、目の調子はどうだね」
今度はテレビ電話形式で、あの亡霊が話しかけて来た。
「週刊誌を真っ白にしたり、広告を消したり、あれはどういうこと」
「君だって、その理由はわかっているだろう。わしは皇室を崇めるものでもないし、反皇室を叫ぶものでもない。ただ皇室を侮辱する週刊誌の記事が許せないだけだ。一般家庭のことをあれだけ侮辱したり、誹謗中傷すれば、大事になるだろう。皇室に対しては何を言っても恐れることはない。仕返しなんてあるわけない。その根性が許せない」
勇も週刊誌なんて買うことはないが、普段思っていることを亡霊に代弁してもらったようだった。
「自国の象徴を蔑むようなことはあってはならない。好き嫌いの問題じゃないよ。それをどうだろう、まるで芸能ネタと変わらないじゃないか。これじゃ、戦争が起きても天皇のために死のうなんて思う人間は出てこないだろうな」
「日本も戦争に巻き込まれるときが来るのかな」
「多分近い内にそうなるかもしれない。だから我々は、あんな馬鹿げたことをして世間を騒がせたが、肝心な日本人の諸君は、相変わらず能天気と来ている。この分だと、憲法を改正して自衛隊を明記するくらいで終わるだろうな」
「たしかにね、防衛大臣が地方の首長に頭を下げて協力をお願いしているような国はないよね」
「そうだよ、情けないが、この程度の国民だとして諦めるしかないのかもしれんな」
「やっぱり、要求通りとならなければ国会議員を一人残らず射殺するの」
「俺たち亡霊と言えども同じ日本人を殺すようなことはしたくないが」
「孫として頼むよ、そんなことはしないでほしい」
「勇君、君は若いから昔のことは良く知らんだろうが、1960年代から1970年代にかけて、若者の叛乱、所謂、学生運動が猛威をふるったことは知っているかい」
「第一安保闘争から第二次安保闘争、東大闘争、成田闘争などはビデオなどを見て知っているよ、警察学校でも習ったよ」
「そうかい、あの一連の大騒動は、実は我々亡霊が仕掛けたことなんだ」
「あの騒動は左派、極左の世界だよね、そこに何で戦死者の亡霊が肩入れするの」
「日本にもっと骨のある権力者を持ってほしかったのだ。敗戦から、日本人は何でもアメリカさんの言う通りとなった。日本を去るマッカーサーに投げキスをするような日本人は日本人じゃない。
もっと怒れ、日本人もっと威厳を持て、と思ったが、原爆を落としたアメリカを恨むことを忘れ、進駐軍キャンプに慰問に行くだと、慰問されるのは我々日本人じゃないのか。
そこで日米安保条約というから、我々はデモをけしかけた。それでも日本人は気が付くことなく、日々安泰な生活を選択した。あと気になったことは警察の弱腰だ。学生運動が激しくなったころ、学生は投石、火炎瓶、鉄パイプを持って機動隊を殺そうとしているのに、機動隊側は楯とガス銃と放水で応戦するだけだ。拳銃を一発も発射しない。こんなことをやっているから、日本人は世界から舐められるんだ」
「そんなことを言っても、拳銃を発射して相手側に死者でも出ようものなら、内閣はすぐに潰れてしまうじゃないのかな」
「機動隊員が死んでも内閣は潰れないのにな。政治家は機動隊員をいいように使って保身を図ったんだよ。俺たちの仲間に極左に殺された機動隊員の亡霊がいるんだけど、憤慨していたな」
「あなたたちの集団は戦死者だけじゃなかったの」
「2.26事件で兵士に射殺された警察官もいるし、大臣もいるぞ。みんな国に殺された者だ」
「逆に極左活動家の亡霊はいるの」
「不思議と彼らは亡霊にならないんだ。この国に恨みつらみを持つとは言いながらも、実は彼らは、この日本が好きなんだよ。この日本が安泰だから、あんなことができたと、思っているらしいよ」
「そんなもんかね」
「今までの歴史を見ても、国内では様々な叛乱が起きた。近いところでは幕末、明治、昭和と尽きない。ただ、昭和の学生運動ほど日本人らしくない反乱はなかった。姿恰好が汚いし、精神も汚い、死をかけての叛乱ではなかった。東大闘争では屋上の学生が催涙弾に当たって負傷したからと機動隊に休戦を申し入れて負傷者を搬出したとはお笑い草だ。それに誰一人として飛び降り自殺をする者はいなかった。要するに武士としての叛乱ではなかったのだ。そんな彼らに殺された機動隊員は、亡霊になる他ないじゃないか」
山城勇は1週間ぶりに署に出勤した。署の雰囲気は、何時もと変わらない。井上係長が山城を見つけると開口一番、
「拳銃が戻って来たぞ」
と告げる。
「本当ですか」
「今さっき、拳銃金庫を開けると、無くなったはずの拳銃87丁がそっくり戻っているんだ。良かったんだけど、もう何が何だか、思考能力がついていけないよ」
大和田署長が署長室から出てきた。
「目はもういいのかい」
「はい、おかげさまで、ご心配をおかけしました」
「そうかい、そりゃよかった。私も腹を切らずに生き続けているよ」
笑いながら、髪をかき上げながら署長室に戻って行った。その髪の間からシルエットがこちらを見て笑いかけたような気がした。そう言えば大和田署長は鹿児島の生まれ、あの曾祖父も鹿児島の生まれだ。序に言えば、この山城勇も鹿児島の生まれだ。事に当たるときは死ぬ覚悟で当たれ、よく父が言っていた言葉だ。