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緋と金と灰  作者: 綾里悠
<緋の章>
43/175

思いがけない招待 #1


「お誕生日のお祝い、ですか。」


 アンナは、少し驚いた様子で、金色の睫毛を瞬かせた。

 キースが一日ぶりに見たアンナの姿は、胸に染み入るように美しかった。


 今までは、森の奥のイヴァンとアンナの住む小屋を訪れる時は、いつも充分に昼を過ぎた時刻に赴いていたキースだったが……

 この日は、朝食を済ませると、真っ先に森へと向かっていた。

 量は極力減らしているものの休暇中も休まず続けていた領主としての仕事も、今日ばかりは夜に回す事に決めていた。


 何度も訪れて、アンナの美しさも見慣れてきたかと考えていたキースだったが、実際に彼女を目の当たりにすると、そんな自分の認識の甘さを吹き飛ばされる。

 元々、アンナは類まれな美貌の持ち主だったが、同時に、なんとも朗らかで純粋で愛らしい印象も兼ね備えていた。

 それに加えて、たった一日とはいえ彼女に会えなかった事で、知らぬ内に想いが募っていた事に気づかされた。

 頭に巻いていたスカーフを取り除いたアンナの、一輪の花のようなその美しい姿を見た途端……

 キースの胸に、大きな波のごとく、歓喜と興奮と共に、狂おしい程の切ない愛おしさが込み上げてきて……

 内心、冷静沈着な態度を保つのに必死だった。


 澄んだ白い光が木々の梢の隙間を縫って斜めに差しくる朝の森の中で見るアンナは、キースの目には、いっそう清らかに輝いて見えていた。



 この時、アンナのそばにはイヴァンが居た。

 普段は、キースが訪れる頃を見計らうかのように、森の丸太小屋を後にしているイヴァンなのだが……

 今日キースは自分に先行してデルクをこの小屋に遣り、二人に話があるので、イヴァンにも自分が行くまで留まってもらうように伝えていた。

 そのために、わざわざキースは、朝食時にデルクの住む山の麓の集落へ使いの馬まで出していたのだった。


 そういった経緯もあり、その場には、先に二人の小屋に来ていたデルクも控えていた。

 ご領主様が来るまで小屋の中でお茶でも飲んで待っていてはどうかと、アンナとイヴァンに誘われたようだったが、デルクは忠犬のように小屋の外で待っていた。

 キースがアンナを気に入っているのを知っているデルクは、彼女に不用意に近づく事を避ける配慮をしていた。


 キースがやって来ると、アンナとイヴァンは、並んで出迎え、デルクもそのわきに控えた。

 簡単な挨拶を済ませると、「立ち話もなんですから」とイヴァンに促され、キースは小屋の中に招かれた。

 デルクもキースに従って小屋について入り、窓際のテーブルにキースと共に座った。

 アンナとイヴァンは、客人二人に茶を出し、テーブルのそばに立って話を聞く事になった。


 

「昨日、妹のクルルが甥のマーカスと共に私の屋敷にやって来たのだ。」

「一昨日そうおっしゃっていましたね。妹様と甥御様はお元気でいらっしゃいましたか?」

「ああ。二人とも健勝で、私も久しぶりの再会を嬉しく思ったのだが……クルルが、突然困った事を言い出してな。」


「そう、クルルは昔から破天荒な所があって、型にはまった常識的な考え方しか出来ない私は、時々妹に驚かされていたよ。」


 キースは、アンナには、自分の妹は既に嫁いでおり、五歳になる子供が居る事を話していた。

 とは言っても、妹のクルルが結婚したとある貴族の三男は、今ではガーライル領の一地方の執政官を担っており、ガーライル家に婿養子に入った形だったため、クルルは嫁ぎ先の家のしがらみもなく気軽に兄の元に遊びに来る事が出来る状況だった。

 それでも、普段はおしどり夫婦として、夫が執政官をしている土地で子供と共に暮らしており、キースはキースで領主としての仕事が多忙を極めていた事から、会うのは半年に一度程だった。

 そんな中で、夏にシュメルダ地方の別荘で過ごすという祖父が生きていた頃からのガーライル家の習慣は、キースとクルルの間で今も毎年続いていた。


「それで、そんなクルルが、『私の誕生日を祝ってほしい』と突然言い出したのだ。」

「お誕生日のお祝い、ですか。」

「そうなのだ。なんでも、人を呼んで賑やかなパーティーを開きたいらしい。しかも、日にちは明日の午後にもう決めたそうだ。」

「ええ!? 昨日こっちに来たばっかりだってのに、明日の午後にはパーティーを開くんですかい? せめてもう少し前に言っておいてくれれば、準備なりなんなり出来たでしょうに。相変わらずの『お転婆姫』ですね!……おっと、失礼しました。」


 デルクも、この時初めて聞かされ、驚きのあまり思わず口を滑らせていた。

 『お転婆姫』と言うのは、子供の頃使用人の子供達に混じって泥だらけになりながら遊びまわっていたクルルの当時のあだ名である。

 デルクはキースと同じくクルルとは歳が離れていたため、彼女と遊ぶ事はあまりなかったが、貴族の子女とは思えないクルルの活発な性格は良く知っていた。


 慌てて自分の口を押さえるデルクに、キースは苦笑しつつも頷いた。


「まあ、そういう事なのだ。……それで、申し訳ないのだが、アンナ。妹の我儘に付き合ってはもらえないだろうか?」

「え? と、おっしゃいますと?」

「アンナ、君に、明日私の屋敷で開かれる妹の誕生日パーティーに参加してほしいのだよ。」


「私が君の話をした所、クルルはとても興味を持ってしまったようなんだ。どうしても君に会いたいから、是非呼んでほしいと頼まれてしまった。突然の申し出で、君を困らせてしまってすまないが、私は出来れば妹の願いを叶えてやりたい。……どうも、私は昔から妹には甘くなってしまう。」


「アンナ、君を我が家のパーティーに招きたい。来てはくれないだろうか?」


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