木漏れ日の語らい #1
「アンナ!」
「こんにちは、ご領主様。デルク様も、いらっしゃいませ。」
森の奥の丸太小屋の脇で、小さな畑で育てている野菜に水をやっていたアンナが、キースの呼びかけに気づいて振り返った。
手にしていた桶と柄杓を一旦地面に置き、頭に巻きつけていたスカーフを取って、深々と頭を下げる。
昼下がりの穏やかな木漏れ日が溢れる中で、スカーフの下から現れたアンナの素顔は、その三つ編みにした長い黄金色の髪と共に、まばゆいばかりに輝いて見えた。
キースは、美しいアンナの朗らかな笑顔を目の当たりにし、彼女に会えた喜びに心を躍らせ……
同時に、切ない恋の痛みを胸の中に覚えていた。
「仕事の邪魔をしてしまったかな?」
「いいえ。ちょうど畑への水遣りが終わる所でしたわ。」
「じゃあ、俺は小一時間程、この辺りを見回ってきます。」
キースが歩み寄ってアンナと話し始めると、供についてきていたデルクは、二人の邪魔にならぬよう、きびすを返して足早に小道を立ち去っていった。
イヴァンの方も、気を利かせているのか、キースが現れる時刻には、家に居た事がなかった。
きっとどこか森の奥を歩き回って、狩りをしたり、野草を摘んだりしているのだろうとキースは想像した。
「これは今日の土産だ。」
「まあ! ニワトリの卵をこんなに!……ありがとうございます。森の中では、鳥の卵はなかなか手に入らない貴重品ですわ。昨日も、焼きたてのパンをいただいてしまって。お兄さんもとっても美味しいと言っていました。ご領主様には、いつも本当に感謝しております。」
キースが手提げのカゴに入れて持ってきた卵を受け取ったアンナは、深々と頭を下げて感謝を伝え、キースは「いやいや、大したものじゃないから気にしないでくれ。」と軽く手を振って苦笑していた。
□
キースが矢傷を負い、森の奥にあるイヴァンとアンナの小屋に泊まった翌日の午後に、さっそくキースはまたアンナの元を訪れていた。
「家に泊めてもらったり食事を振舞ってもらったお礼をする」というのがただの口実なのは、デルクに指摘されるまでもなく、キース自身も良く分かっていた。
それでも一応キースは、アンナに会いに行く時には、必ず何か手土産に持っていくようにしていた。
「何かと思ったら、今日は卵ですか。昨日はパンで、えーと、一昨日が野菜でしたっけかね?」
毎日アンナの元に通うキースについてきているデルクが、山小屋へ向かう道の途中で、ヒョイッとキースの手に提げたカゴに掛かった布を持ち上げ、中身を見ては、ガッカリしたようなため息をついていた。
「持ちますよ」というデルクの申し出を断って、キースは仏頂面でサッとカゴを持った腕を引っ込める。
「そんなものをいくらあげた所で、女の心が掴めるとは、俺には到底思えないんですがねぇ。」
「女へのプレゼントと言えば、ほら、まずはキラキラした身を飾るものでしょう? 宝石のついたネックレスとか、髪飾りとか、ブローチとか。次に、高いドレス。それから、口紅や白粉なんかの化粧品も喜びますよ。……酷い夫婦喧嘩をするたびに、贈り物で妻の機嫌をとってきた俺が言うんですから、間違いありませんって。」
「確かに、世間一般的にはそうかもしれないがな。」
キースはデルクの意見も認めつつも、少し口ごもってつけ加えた。
「まだそんなに親しい仲でもないのに、いきなり高価な物を贈られても困るだろう? 最悪、恐縮して受け取ってもらえないかもしれない。」
キースとしては、アンナの今の生活環境を良く良く鑑みて、悩み抜いたのち、気軽に受け取れて彼女の役に立つものをと土産物の品を選んでいたつもりだった。
山の奥で人目を避け質素に生活しているアンナに、煌びやかな宝石やドレスを送っても持て余してしまうだろうと考えたのだ。
「それに、アンナは、ちゃんと喜んでくれている。」
と、キースは言い張ったが、デルクは「はいはい」と適当に流すばかりだった。
「まだ親しい仲でもないって……だったら、さっさとお屋敷に召し抱えてしまえば済む事じゃないですか? キース様は、この土地のご領主様なんですから、気に入った村娘の一人や二人、自分の屋敷に連れ帰れっても、誰も文句を言いやしませんよ。」
「ア、アンナに対して、そんな事はしたくない!……い、いや、どんな女性に対してもそうだがな。」
「そんな風に、自分の身分をかさにきて、女性の意思を無視するような事をしてはいけない。権力で無理やり従わせるような真似はな。そもそも、例えそんな手段でアンナを手に入れたとして、彼女は私の事を本当に心の底から好いてくれるだろうか?」
「私は、アンナとちゃんと心を通わせたいのだ。彼女が自分から私に心を開いてくれるのを待っているのだ。無理強いは、絶対にしたくない。」
高潔で清廉潔白なキースの心情を、デルクは尊敬し、また尊重してもいたが、同時に……
そんな、女性関係であまりに世間擦れしていない主人の事を心配してもいた。
「キース様のお気持ちは分かりましたがね……」とデルクは断った後、眉をしかめて提言した。
「シュメルダの夏は短いですぜ。キース様だって、お忙しい身の上じゃないですか。いつまでも別荘のお屋敷でゆっくりもしてはいられないのでしょう?」
「……う、む。」
デルクに痛い所を突かれ、キースは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。




