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緋と金と灰  作者: 綾里悠
<緋の章>
11/165

スカーフの下 #2


「お前の住んでいるあの山小屋にか? 冗談じゃない! キース様をあんなボロ屋に泊まらせられるか!」

「た、確かに粗末な家ですが、夜の森を歩くよりは安全だと思います。それに、私の家ならほんの十分程で着きます。ここから山を下って森を出るには、一時間はゆうにかかってしまいます。」


 当然のごとくデルクは猛反対したが、キースは顎に手を当てて少し考えを巡らせた後、キッパリと言った。


「そうだな、ここはイヴァンの提案を受ける事にしよう。イヴァン、一晩厄介になる。」

「キース様! こんな怪しいヤツの家に泊まるなんて、やめた方がいいですって! コイツは、キース様を矢で射った不届者なんですぜ!」

「流れ矢に当たったのは事故だと言ったろう。今はこんな所で言い争っている時間も惜しい。イヴァンの提案は合理的だと判断した。私は今晩は彼の家に泊めてもらう事にする。……イヴァン、案内を頼む。」

「はい、ご領主様。」


 デルクは未だ納得のいかないといった顔をしていたが、キースに説き伏せられてしぶしぶ了解した。


「私も軍人の端くれだ。野戦になれば野宿をする事もある。それに、こうして剣も持っているのだ。何かあっても自分の身は自分で守れるさ。」

「……そりゃあ、キース様の剣の腕は俺も十分知っていますが。……せめて、イヴァンの小屋までは見送らせて下さい。」


 キースは、ガーライル領の領主として、また国境騎士団の団長として、常に腰に剣を携えており、この山歩きでもそれは変わらなかった。

 ひとたびキースが剣を抜けば、このハンズリーク王国で十年に一人と噂される剣の腕を持つ彼に敵う者は居ないだろう。

 デルクはそれでも心配な様子で、いくら断っても、キースの代わりに荷物を持ってイヴァンの家までついていくと言って考えを曲げなかった。



 時間の余裕がない事もあって、一行はすぐにイヴァンの住む山小屋に向かった。


 イヴァンが先頭を行くものかと思ったが、出発するという段になって、何か思い出した様子でハッとしていた。

「すみません! 先程山の斜面に弓矢を置いてきてしまいました! 取りに行ってきます! すぐに後を追いますので、先に行っていて下さい!」

 森林管理人である彼には、弓矢は大事な仕事道具であり身を守る武器でもある。

 取りに行きたいというのも当然だった。


 デルクは、この森の事なら生まれた時から良く知っていて、今や自分の庭のようなものであり、イヴァンの小屋の位置も当然記憶していたため、キースはデルクと先に向かう事にした。

 イヴァンは、二人にペコペコと頭を下げたのち、きびすを返したかと思うと……

 まるで森を吹き抜ける一陣の風のように、所々大きな岩や木の根の隆起した複雑な地形を物ともせず、木々や茂みの間を縫って走っていった。

 キースに流れ矢が当たった事を知って慌てて駆け出してきた時もそうだったが、キースは改めて、彼の狩人としての能力の高さに圧倒された。


 キースはデルクの案内で、五分程登ってきた道を戻り、そこからもっと細い獣道のような脇道に入った。

 来る時には、険しい急斜面を必死に登っていたのもあり、気づかずに過ぎていたらしい。

 と、そこで、戻ってきたイヴァンが二人に合流した。

 「ここからは私が先頭を行きます。」と言って歩き出したイヴァンの背には、確かに、先程までなかった弓矢が背負われており、腰のベルトには足を紐でくくったウサギと野鳩が下げられていた。

 どうやら、キースの事故が起こった時、慌ててその場に投げ出してきてしまったものをついでに回収したらしい。


(……今日は昼過ぎからデルクとずっと山の中を歩き回っていたが、全く獲物は獲れなかった。この状況で二匹も仕留められるとは、やはり彼は相当腕のいい猟師のようだ。良い人材が来てくれたものだな。……)


 キースは内心感心しながら、イヴァンの先導とデルクのしんがりに守られるように、枯れ草の中に細く続く道を歩いていった。


 そして、程なく、木々の合間に、イヴァンの住む小屋が見えてきた。



 森の小屋は、山の斜面がわずかに平らになった場所に建てられていた。


 デルクには、もう十年以上前に年老いた森の番人が住んでいたが、亡くなってからはずっと空き家になっていたと聞いていたが……

 見た所、確かにこじんまりとした質素な丸太小屋ではあるものの、イヴァンが住みだしてから小屋自体も、周囲の土地も良く手入れをしているらしく、こざっぱりとして清潔感のある印象だった。

 小屋の周りは、下草や茂みが綺麗に刈られて片づけられ、小さな畑も作られている。

 小屋の奥にはまだ細い道が続いており、数分程歩くと岩の間から清水の湧き出している場所があるとの事だった。

 生活用の水は、そこから毎朝汲み運んで、小屋の脇に設置した大きな桶に貯めて使っているらしかった。


 森の奥の小屋に住んでいると聞いて、どんなみすぼらしい暮らしをしているものかと思ったが……

 実際に目にしてみると、質素ではあるが、それなりに快適な生活を営んでいるようで、キースは、この地に一泊する事に全く抵抗を感じなかった。

 木々の間から斜めに差しくる西に傾いた日の光が、丸太を組んで作った小屋の周りを照らし出す様は……

 まるで、おとぎ話に出てくる風景のようで、キースは自然と童心に帰り、不覚にも少しばかり心が躍っていた。



「ここです、ご領主様。」

 と、イヴァンが、背に負った弓矢を外しながら言った時、ギイッと、小屋の戸が内側から開かれた。

 何者かが居るという気配に、反射的に身構えたキースだったが、すぐに、デルクが「イヴァンは妹と共に住んでいる」と言っていたのを思い出した。


「お兄さん! お兄さん、お帰りなさい!」


 戸を開けて、小屋の階段を駆け下りてきたのは、質素な生成りのワンピースにエプロンをつけた人物だった。

 その、鈴を転がすような可愛らしい声と、大人の男と比べると一回り小さな体格から、おそらく二十歳前後の若い女性だと思われる。

 どうやら若い女性らしい、という曖昧な判断になっているのは……

 彼女が、顔をすっぽりと隠すようにスカーフを巻きつけているせいだった。

 かろうじて目だけは出ているが、これでは髪の色も顔立ちもまるで分からない。


(……そう言えば、デルクが、イヴァンの妹は戦に巻き込まれて酷い火傷を顔に負っていると言っていたな。……)


 キースはせめて、彼女の瞳をのぞき込みその人柄を少しでも知ろうとしたが……

 イヴァンの妹は、兄が思わぬ来客を連れていた事に気づくと、サッとうつむき、僅かにのぞいていた瞳さえも隠してしまった。

 火傷のせいか、はたまた戦争の恐怖が心に染みついているものか、酷く他人を警戒している様子だった。


 そんな妹にイヴァンは真っ直ぐに歩み寄り、それを見て、妹の方も止まっていた足を動かして、小走りに彼に寄ってきた。


「ただいま、アンナ。」


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