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緋と金と灰  作者: 綾里悠
<緋の章>
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スカーフの下 #1


「キース様、歩けますか? そろそろ山を降りないと、日暮れまでに森を抜けられませんぜ。」

「ああ、そうだったな。」


 少し不安そうな表情を浮かべて尋ねるデルクに、キースは安心させようと笑みを浮かべて返した。

 腰掛けていた岩から、ゆっくりと立ち上がりかけて……


「では、イヴァン、またな。今日の事は、本当に気にしなくていい……うっ!……」

「キース様!?」


 グラリと視界が揺れ、バランスを崩したキースの肩を、とっさにデルクが捉える。


「キ、キース様! 大丈夫ですか、キース様!?」

「……ウ、ム……し、心配ない。ただの立ちくらみだろう。少しすれば良くなる。」


 と、答えたものの、キースは奇妙な虚脱感で一人で立っていられず、デルクに体重を預ける形で寄りかかった。


(……立ちくらみ? こんな事、今まであっただろうか?……怪我のせいか?……いや、ただのかすり傷だった筈だ。めまいを起こす程血は出ていなかった。……)


(……グッ……気分が、悪い……)


 たちまち、心臓が不快な程ドクドクと脈打ち始める。

 まるで、体の中の心臓の位置や大きさが分かるかのような、妙に大きな鼓動だった。

 相変わらず、頭の中がグラグラと揺れて視界が定まらない。

 体が、熱いような寒いような、どちらとも言えないおかしな感覚に包まれ、ドッと全身に気持ちの悪い冷や汗が吹き出てきた。

 やがて、息も苦しくなって、ゼイゼイと肩を大きく上下させ、必死に空気を求めていた。


 「キース様! キース様!」「ご、ご領主様!」と、デルクとイヴァンの心配そうな声が聞こえていたが、もはや、彼らに気を使う余裕もなく……

 遠ざかる意識の中、幕が降りるように瞼が閉じた。



「あ! キ、キース様!」


 気がつくと、目の前にデルクの顔があった。

 その向こうに、新芽の萌え出した森の木々の梢が見え、更に向こうに、だいぶ日の陰った薄茜色の空がのぞいていた。

 気を失ったキースの体をデルクが抱きかかえ、自分のコートを脱いで下草の上に敷いては、横たわらせてくれていたようだった。

 キースは、意識がはっきりしてくると、先程急な体調不良を起こして倒れた事を思い出した。

 自分の体を確認するように、慎重に上半身を起こす。

 デルクが跪いて、キースの体を支えてくれた。

 どうやら、まだ僅かな不快感が残っているものの、体の感覚はほぼ正常に戻っていた。


「キース様、大丈夫ですか?」

「ああ、デルク、心配をかけてすまない。もう問題ない。」

「いきなり倒れられたので、どうしたのかと思いましたよ。本当に平気なんですか?」

「きっと、日頃の疲れが出たのだろう。今はなんともない。すっかり良くなったよ。」


 キースは内心、先程の、今まで経験になかった急激な不調に違和感を感じてはいたが、デルクが酷く不安そうな表情をしているので、とっさに笑顔を取り繕っていた。

 とは言え、確かに、今はまるで嘘のように、キースの肉体は健康的な機能を取り戻していた。


「キース様は働き過ぎですよ。今日も、屋敷に着くなり、その足で森に狩りに行くと言い出して。ホント、困ったもんです。大事な体なんですから、もっと労って下さいよ。」

「分かった分かった。屋敷に戻ったら、念のため医者に診てもらう事にしよう。」


 キースがデルクと話していると、そのわきから、おずおずとイヴァンが自分の革の水筒を差し出してきた。


「……あの、ご領主様、お水を飲まれますか?」

「お前はあっちに行ってろ! この、疫病神め!」


 デルクが追い払おうと振るった腕に当たり、イヴァンは水筒を地面に取り落としていた。

 「やめろ、デルク!」とキースがたしなめるも、どうやらデルクは、キースに矢傷を負わせた一件で、イヴァンにすっかり悪感情を持ってしまったようだった。

 デルクの忠誠心は嬉しいが、今回の出来事は事故であり、この事でデルクがイヴァンを解雇したりなど不当に手厳しく扱う事を案じて、キースは(後でしっかりと釘を刺しておかねば)と思っていた。


 イヴァンは萎縮して、2m程下がった場所に膝をついて控えた。

 キースは、デルクが代わりに差し出した金属製の水筒の水を飲んで、一息つく事が出来た。

 飲み終えてから、慎重に起き上がってみたが、今度はふらつくこともなく、しっかりと二本足で立てた。


「うむ。問題なさそうだ。」

「それは良かったです!……いやぁ、しかし、困りましたね。」


 デルクは、キースの回復した様子に喜んだが、すぐにまた別の問題で顔を曇らせた。


「もうすぐ日が沈みます。山は、日が落ちたら暗くなるのが早い。ただでさえ夜の山は危険なのに、さっき倒れたばっかりのキース様に夜道を歩かせるのは、俺はどうも心配で。」

「デルクがついていてくれるなら、大丈夫だろう。」

「いやぁ、でも、万が一狼に囲まれでもしたら……」


 キースが気を失っていたのは、木の間からのぞく日差しの加減から推し量るに、三十分弱の事のようだったが、夕方の近づくこの時間帯では、その僅かな時間で状況が大きく変わってしまう。

 しかも、デルクの言うように、先程倒れた事を考えると、みるみる暗くなってゆく険しい山道を下るのには不安があった。

 狩りの成果にこだわらずもっと早く引き返していれば、とキースは反省したが、後の祭りだった。


「……あの……もし良ければなんですが……」

 解決策を模索する主従に、そろそろとイヴァンが声を掛けてきた。

 ジロリと睨みつけるデルクの胸に手を当てて制すると、キースは、イヴァンに発言の先を促した。


「私の住む小屋は、すぐそこです。今夜は、ご領主様には、私の家に泊まってもらうというのはどうでしょうか?」


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