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葛藤

 草壁楓にとって南雲霞、ブルーサファイアは忌むべき敵であった。

 それは彼女が裏切ったからこそであり、もしも裏切らなかったらバベルが壊滅することもなく、先代大首領や副首領が死ななかったであろうことからも想像に難くない。しかし――。


 ……あの時、ブルーサファイアが拘束されていたとしても、万が一を考えて護衛として控えていた場面での一幕。


 大首領に、盛周さまに頭を撫でられ安心したように微笑むブルーサファイア。そのまま、敵地であることを忘れたかのように寝入ってしまう彼女を見た楓の胸中に過った思い、それは――。


 ……怒りと、それ以上に虚しさが心を支配していた。


 そんな顔ができるならなぜバベルを裏切ったのか。なぜ、あの方々を葬る手伝いをしながらそんな穏和な笑みを浮かべられる。

 ……分からない、分からない。


 草壁楓にとってバベルとは全てであった。

 確かにバベルという組織は世間一般的には世界征服を企む悪の秘密結社だ。

 しかし、そこで働く人々はすべて気の良い人々だった。……まぁ、奈緒のように性格に難のある者もいたことは否定できない。

 それでも、多くの人は自らの信念に基づき行動していた。

 ……怪人に志願した人々もそうだ。

 彼らとて、二度と人として日の光に当たることが出来なくなるのを承知の上で改造手術に志願した。

 それはきっと、奈緒が常日頃より言っていた先代が掲げた理想のため。


 その後ろ姿たちを楓は羨ましく、眩しく見つめていた。

 いつか自身もあの背中に追い付けるように、と。

 ……しかし、その願いは永遠に失われてしまった。ブルーサファイアの裏切りによって。


 いつも自身の、楓のことを気に掛けてくれた戦闘員の先輩がいた。

 なにかと皮肉げな物言いをしながらも、怪人たちを、己の子供たちを慈しんでいた研究員がいた。

 今度、彼と結婚するんだ。とはにかみながら嬉しそうに話していたオペレーターがいた。


 ……だが、死んだ。みんな死んでしまった。


 誰も彼もがバベルという組織を守るため、先代大首領をお守りするため、己の命を費やした。

 自ら簡易的な改造を施して怪人となった者。増強剤を自ら打ち込んで、少しでも手傷を与えられれば、と行動した者。


 しかし全員レッドルビーや、ブルーサファイアに討たれてしまった。


 もしも、ブルーサファイアが裏切らなかったら。そうしたら、また別の未来があったかもしれない。でも、既に賽は振られ結果は白日のもとにさらされた。彼らの死、そして組織の壊滅、という結果が。


 そのような結果をもたらしながらのうのうと生きているブルーサファイアが、何より己自身が許せなかった。


「……もし、あの時。私も一緒に戦えていたら――」


 それでも、結果は変わらない。ただ単に死体が一つ増えていただけだろう。

 だが、それでもともに戦いたかった。たとえ無意味な行動だったとしても。

 しかし、それは許されなかった。当時、楓はただの新人でしかなかったから。戦ってもみんなの足を引っ張る、そう判断されたから。

 それがひどく悔しかった。だからこそ、組織が壊滅した後も残党として残り訓練に明け暮れていた。

 それがただの感傷でしかないのは分かっていた。だが、その感傷の結果、盛周に見初められバベル四天王。奈緒や朱音と同格という破格の扱いを受けることになった。

 もっとも、地位を受けたとしても、楓自身は己が四人の中で最も格が低いのは理解している。

 壊滅前から大幹部であった奈緒や朱音はもちろんのこと、最強のヒロインとしてなを馳せていたレオーネ。それに比べ、楓はただの戦闘員でしかなかったのだから。


 だが、それでも楓は四天王という椅子の末席に座り、そして今。目の前には身動きのとれない、意識を失っている仇敵であるブルーサファイアがいる。

 彼女が四天王という高い位にいなければここに、ブルーサファイアが治療を施されている部屋に近づけなかった。

 今であればあの人たちの仇を討てる。その結果、楓の四天王という位は剥奪され、裏切り者として()()されるだろう。

 しかし、それでも。あの人たちの仇を討てるなら――。


「……なん、で――!」


 それでも、彼女は。楓は動けなかった。仇が目の前にいるのに。もう少しで討てるのに……!

 地位を失うのが怖い訳じゃない。仇を討つのを渋っている訳でもない。

 ただ、行動に移そうとする度にちらつくのだ。あの人たちの、彼の、彼女の姿が。ブルーサファイアを可愛がっていたあの人たちの姿が!


「……ぅ、ちく、しょう――!」


 その場で泣き崩れる楓。

 この場でブルーサファイアを討ったところであの人たちが喜ぶ訳じゃないのは理解していた。でも、納得できなかったのだ。

 あの人たちが死に、自身が、霞が生きている事実が。

 その思いを吐露するように涙を流す楓。


 そんな彼女を見つめる影があった。


「…………」


 それは、バベル四天王の筆頭。実質的なNo.2である葛城朱音だった。

 彼女は万が一の可能性を考えて楓の監視をしていた。

 もっとも、それが杞憂であると分かると、ため息をつきながらその場を立ち去る。

 朱音が去った後、そこには独り泣き崩れている楓だけが残されることとなるのであった。

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