荒唐無稽
奈緒は別室、彼女の研究室で霞、ブルーサファイアのパワードスーツ並びに、ブルーコメットを整備しながら盛周とブルーサファイアが戦った時の動画データ。正確には超能力を用いていた謎の戦士の戦闘データを確認していた。
「ふんふん……。やっぱり、おかしいねぇ……」
再生していた動画データを食い入るように見つめる奈緒。
彼女の視線の先、そこには件の戦士が装着していたPDCらしき手甲。
それを見ていた奈緒はどうにも違和感がぬぐえないのだ。その理由は……。
「ううん、あの形状。うちの、というより私の癖が出てるっぽいように見えるけど……」
そう独りごちる奈緒。
彼女が言うように、映像の装備がどうしても自身の作品特有の癖、のようなものが見えてくるのだ。
しかし、彼女自身はそのようなものは造っていない。強いて言えば楓、ブラックオニキスが装着していた劣化版PDCだが……。
「でも、どう考えてもあれより洗練されてるしねぇ……。どうにも歯痒いね……」
ふむぅ、と考えながらブルーサファイアの武装を強化している奈緒。
とはいえ、現状強化しているのはパワードスーツを優先している。
そんな彼女だが、パワードスーツの磨耗具合を見てため息をつく。
「あの娘を見てから予想は出来てたけど……。やっぱり、こっちもこっちでひどいねえ」
そう言いながら奈緒は、次に製造時のパワードスーツのデータを呼び出す。
そこにはある意味当然な、設計思想的にそうなるのが必然な問題があった。
「……なんてったって、本来パワードスーツは装着者のアシスト、防御用の鎧として運用する筈なのに、装甲を削ってパワーアシストを優先するように設計されてるんだからねえ……。そりゃ、ただでさえ低い装甲が磨耗したら紙装甲にもなるよ」
奈緒が言うように、ブルーサファイアのパワードスーツは防御ではなく攻撃に全振り。当たったらそのまま死ね。といわんばかりのある意味潔い性能をしていた。
先代大首領や奈緒をはじめ、開発者たちはその欠陥に気付かなかったのか?
そんなわけある筈がない。理解した上で放置したのだ。
それも霞の、ブルーサファイアの性能を信用したのだ。彼女なら攻撃に当たることなく戦場を制圧できるだろう、と。
事実、彼らの思惑通り当初ブルーサファイアは敵の攻撃を掻い潜りながら、変幻自在の武装、ブルーコメットで戦場を制圧して見せた。
もっとも、それは敵方に寝返った後の話であるが……。
そのようなことから彼女の能力に依存しつつもサポートする装備として製作された背景を持つ。
だが、今後のことを考えるならいい加減防御の方にも比重を掛けるべき時がきたといえる。
そのための設計も既に、というよりも最初期の製作時期の時点で完成されている。
それならはじめからそちらで製作すれば良いと思うのだが……。
……とにもかくにも、現状スーツの耐久力、防御力ともに課題となっている以上、強化しないという選択肢はない。
なお、ブルーサファイアのスーツを改良したのがブラックオニキスであり、そのノウハウが使えるのは大きいといえた。
そこまで考え、後のプランに対して目処をつけた奈緒は、再び謎の戦士について思案に耽る。
自身が製作した覚えがない、自身の作品と思わしき装備。そんなもの、普通ならあり得る筈がない、が……。
「まぁ、荒唐無稽な話。まさしくおとぎ話な可能性を加味すれば、なくはない。と、言えるんだよねぇ。……事実は小説より奇なり、とも言うし――」
そう言いながら一つの可能性を考える奈緒。
その可能性を考えること自体、頭がおかしくなったか、妄想のしすぎだと笑われかねないモノ。それの答えは――。
――今の自身が製作していなく、なおかつ自身の製作の癖が見える。それは即ち、未来の自身が製作したのではないか、という可能性だ。
むろん、これは暴論に暴論を重ねた、本当に頭の悪い考えだ。しかし、これならばしっくり来るのも事実。
まぁ、もっとも。一番の問題として。
「その仮説が本当だとして、そうなるとあの戦士の正体は未来世界のレッドルビー、もしくはそれに類する者。となるんだけど……、奈緒さんがそこに与する理由がないんだよねぇ」
そう、そこが一番の問題で。
もともと奈緒にとってレッドルビーは、信奉する先代を討った不倶戴天の敵で、力を貸す道理がない。
よしんば未来で盛周の、大首領の策が成り同盟を結べたとしても、そうなると彼女がこの時代に現れた理由が不明瞭だ。
仮に同盟を結べた世界線として、バベルとバルドル。二つの組織が持つ戦力。バルドルのレッドルビーとブルーサファイア、そしてバベルの怪人、バトロイド軍団。並びに、スーツの性能としてはブルーサファイアの上位互換であるブラックオニキス。
それらの力を結集すれば、一国の軍隊相手でも勝ち得る可能性は十分ある、と奈緒は踏んでいる。
ちなみに、時間旅行について一切疑問を抱いていない奈緒だが、彼女自身。己が研究し、なおかつバルドルが使う転移のデータがあれば問題なく完成させられる、と自負している。
そも、技術力で劣るバルドルが転移技術を完成して見せたのだ。そして、転移。時空に関する事柄と時間に関する事柄は密接に関係するとされている。
ならば、敵に出来て己に出来ない道理などあり得る訳がない。
だからこそ、こんな馬鹿げた可能性を真剣に考えているのだ。
……もっとも、どれだけ真剣に考えたところで、そもそも情報が少なすぎて理由の特定は不可能なのが実情。つまり――。
「――どのみち、もう一度あの娘が出てきてくれないことには、詳細を掴むのは不可能。ということで……。先に仕事を終わらせよ……」
そう言って嘆息した後、奈緒は強化作業に集中するのだった。