スペア
その後、レオーネから色々と話を聞いた盛周は、彼女を退室させると再び思案に耽っていた。
ちなみに、彼女に対する罰則は今回は厳重注意。とはいえこれはあくまで執行猶予的な処置であり、今後同じことを繰り返した場合。それなりに重い罰則を与えることを伝えた上で退室させた。
もっとも、そのことに関して盛周はそこまで心配していない。
なぜなら、レオーネにとって盛周に嫌われる。ということがある意味一番重い罰であり、今回、盛周から叱責を受けたことで、彼女は完全に意気消沈してしまっていたからだ。
その彼女が同じ失態を繰り返し、盛周に失望される。等という結果を望む訳もなく。今まで以上に頑張るであろうことを信じているからだ。
それに今回のことで言えば、結果こそ微笑ましいなどと感じるものではなかったが、動機に関してはそこまででもなかったというのもある。
そんな彼女の動機は、一言で言えば独占欲。
これはなにも彼にはボクが居ればなにも要らない。などというどろどろとしたものではなく、彼の視線を独り占めしてずるい! という、子供のような微笑ましさからのものだった。
そして、本人がそんな意識のため、あの資料に関しても当人からすれば、あくまで軽い悪戯のつもりだった。
それが渚に対して、予想以上にクリティカルヒットして、ここまでの大事になるとレオーネは考えてもいなかったのだ。
そのことについても情状酌量の余地はある。なぜなら、彼女。レオーネは自我が確立した時点で既にサバイバル生活を余儀なくされており、そのことから家族の情、というものを知らなかった。
その後も世間一般でいえば悲惨すぎる、と評されそうな生活を続けていた彼女にとって家族どころか、一般的な情緒を学ぶことすら困難な状況であり、身体こそ――栄養失調ぎみで、発育不全になったものの――成人しているが、精神面では幼児。とまではいかないものの、今だ子供の領域を抜け出ていない。
しかし、それと同時に大人と、社会と交渉するために一部常識は自ら叩き込んだことで、交渉の場では普通の対応をするものの、自ら慕った相手には幼児のように懐く。というなんともちぐはぐな印象を与える人格を形成するに至った。
そして今回は、その幼児の面が強く出てしまったが故の失態だったのだ。
「……ともかく、レオーネにはなぎさのフォローを優先するように指示は出した。それに機を見て霞の、ブルーサファイアの奪還作戦を誘導するようにも言ったが……」
そう言いながら頭を掻く盛周。指示は出したものの問題として、渚がいつ目を覚ますのか、また精神状態が大丈夫なのか、などいくつもの問題が頭に浮かぶ。
特に渚の精神状態が問題で、もしもとてつもなく不安定なら、最悪超能力が暴発して自身を傷付ける危険性すらある。
事実、かつて盛周と出会った頃の渚は心身ともに余裕がなく、超能力が暴発することも多々あった。
もっとも、その時は二人とも幼いこともあって超能力の出力は低く、そこまでの問題には発展しなかった。だが、もし、今暴走すれば――。
「それなりの被害が出ること、請け合い。と――」
考えたくないものの、そうなることは容易に想像がつく。しかも、盛周が危惧すべき問題はそれだけではない。
もう一つもまた、レオーネの報告。讒言からもたらされていた。
「……奈緒に、博士に謀叛の兆しあり、ねぇ……。まぁ、その程度であれば予想済み。ではあったんだが……」
そう、それはレオーネと同じ四天王の一角。青木奈緒が抱く心中について……。
そもそもの問題、彼女が忠誠を誓っているのは――。
「俺でもなければ、バベルという組織でもない。……彼女が忠誠を誓っているのはあくまで親父に対してのみ。それほ理解しているが……」
そのこと自体は盛周も把握しているし、もし彼女から見限られても、それはそれで仕方ない。と盛周は判断している。
……ただ、その場合。奈緒がどのような行動に出るか、それがある意味重要だった。
そして奈緒がどのような行動に出るか、それに盛周は心当たりがあった。それは……。
「……やれやれ、情がわかない相手に対して、そこまで出来るのは、ある意味尊敬に値するが。それでもやるせないものはあるな。一夜を共にした身としては――」
……そう、盛周と奈緒はかつて肉体関係をもっていた時期がある。とはいっても、それは愛し合った。という意味ではなく、奈緒がわざと失態を犯し、罰として関係を望んだ、というものだったが……。
そして、幾度か関係をもったその時に手に入れた盛周のものを、奈緒は気付かれぬように冷凍保存し、最悪の場合スペアとして、盛周の排除と平行して産まれた、というよりも産み出した子を頭にすげ替えるつもりだったのだ。
大義名分としては、大首領として相応しくない盛周を排して、同じく先代の血を受け継ぐ者を新たな旗印とする。といったところか。
事実、その子供が先代の血を継いでいるのは間違いない。なにせ血筋的には盛周の子、先代の孫になるのだから。
その子を先代の理想を知る奈緒が養育し、後見する。それがレオーネが語った奈緒が企んでいた謀叛の全容だった。
……実はそのことに関して、盛周はそこまで否定的ではない。
リスク管理という意味で奈緒が用意しようとしているスペアは有用であることは、盛周も認識しているし、何より――。
「先のことを考えるなら、スペアが存在することは利点しかない。……反吐が出る話ではあるが」
万が一、盛周が志半ばで果てたとしても、スペアが、盛周と奈緒の子供が居れば、最悪組織の再編は可能だ。
それが次代に、何も知らない己の子供に責任を押し付ける。という倫理に反する、という心情を除けば、これ以上に有用な手はないだろう。
そんなことを考えてしまう己に失望しながらも、盛周は奈緒の考えを否定できなかった。
しかし、あくまでそれは最後の手段。
そんな手を打たなくていいように、盛周は今後も粉骨砕身することを誓うのだった。