仲間と信頼
重苦しい雰囲気に包まれていた千草と歩夢の二人。そんな二人の耳に警報の音が聞こえてくる。
その音を聞いた千草は、手元の通信機を取ると、司令部へ連絡を取った。
「……どうしたの、この警報は?!」
『はいっ、南雲司令。バベル発見の報です! なおかつ、その中の一つ。以前確認した大首領。【アクジロー】の反応もあります!』
「……こんな時に!」
思わず悪態をつく千草。今、渚が意識不明であり、レオーネが不在の状況で出られるのは霞、ブルーサファイアのみ。
そんな状態でのこの状況であり、彼女が悪態つくもの無理なかった。
一個人としては霞を、愛義娘である彼女を信じたい。だが公人としては――。
ほんの少し悩んだ千草だが、即座に結論を出す。
「かすみさんに連絡! ブルーサファイアに出撃してもらいます!」
「……よろしいのですか?」
千草の指示に対して、本当にそれで良いのか? そう、確認を取る歩夢。
もし彼女が、ブルーサファイアが内通者であれば、バルドルは戦力がゼロとなり、危機的状況に陥る。
そこまでしてする必要があるのかを確認するために。
その歩夢の確認に、千草は小さく頷くことで肯定する。
彼女が、バルドルでもっとも古い付き合いである千草が頷いたことで、歩夢も覚悟を決める。
彼女もまた通信機越しに、急ぐように指示を出す。
「急いでかすみちゃんに連絡を。今は一刻を争うわ」
『……了解しました!』
その言葉とともに司令部との通信は遮断。
通信が遮断されたことで、千草はようやくといった様子でため息を漏らす。
「……あの娘に疑いが掛けられているのは分かってるわ、でも――」
「信じたい、と?」
「それももちろんあるけど……」
そう言いながら、力なく首を振る千草。
そこには一人の母親として、そしてバルドルという組織の長という立場。二つの立場によって板挟みになっている悲哀があった。
「どのみち、かすみさんが再びバベルについたのなら、私たちに出来ることはないわ。……唯一出来るのは、レッドルビー。なぎささんから引き離すことだけ……」
「そう、ですね……」
二人としては彼女を信じたい。だが、物事は綺麗事だけでは回らない。だから、彼女たちは心を鬼にして決断することを求められる。
「本当、嫌になるわね……」
「信じましょう、今は。あの娘の善性を。そして、渚ちゃんとの友情を」
「ええ、そうね。……私たちも司令部へ向かいましょう」
「了解しました」
そうして二人は部屋を後にする。その彼女たちの顔には先ほどまでの悲壮感はなく、どこまでいっても仕事を、自身のやるべきことをやり遂げてみせる。という気迫がこもっていた。
その頃、司令部から連絡を受けた霞。ブルーサファイアは転送室へ急いでいた。
正直、出撃を拒否して渚の元へ居たかった。だが、それが出来ないことも理解していた。
……自身が今、疑われる立場。バベルを引き入れたのでは、と思われていることも。
――南雲霞、ブルーサファイアはバベル製のガイノイドである。
そうである以上、彼女の理性に刻まれた命令により、無意識に動いていた。と、思われても仕方ないのだ。なにせ、バルドルはバベルほどの科学力はなく、南雲霞というガイノイドは組織にとってオーパーツといっていいのだから。
解析できない。分からない以上、組織としては最悪を可能性に含めるのは当然なのだから。
……それでも、少し寂しく思うのも、また仕方ないのだろう。
この身が人間であれば、渚がかつて勘違いしたように洗脳された人間であれば、また違ったのかもしれない。
無理やりバベルに所属させられていた者と、もとより忠誠を誓っていたモノでは扱いが違ってくるだろうから……。
だからこそ、今は証明するしかない。
バベルと戦うことで、自身が無実であることを。それとともに、自身を、義娘を信じるとともに立場と板挟みになっている千草を安心させるために。こんな自分を娘にしてくれた、あの人の恩義に報いるために。
そのまま転送室についた霞は、無実を証明するために、再び彼女たちと笑い合うため、力強く声を、誓いを立てる。自身を変えるため、強い自分になるための言霊を――。
「――着装!」
その言霊とともに戦装束に包まれる霞、否、ブルーサファイア。
それを確認したかのように、部屋の中に通信越しの声が響く。
『……それでは、転送開始します。よろしいですね?』
「ええ、大丈夫です――」
彼女はその言葉とともに、ブルーコメットを、自身の得物を握りしめる。
彼女が大丈夫なのを確認した、通信主は転送の開始を宣言する。
『……それでは、転送開始します――』
その宣言通り、ブルーサファイアの身体は少しづつ透けていく。
その時、通信主からサファイアに声が掛けられる。
『……どうか、ご武運を。無事に帰ってきて』
「……はいっ!」
……仲間は、バルドルの皆は心の底から、自身の裏切りを信じている訳じゃない。それが声色から、なにより雰囲気から感じ取れたサファイアは、少し安心したように笑みを浮かべる。
そして、彼女はそのまま転送される。バベルの新しい大首領。【アクジロー】がいるとされる地点へと。