疑心暗鬼
レッドルビー、ブルーサファイア、レオーネによる模擬戦が行われた翌日。バルドル基地内部はにわかに騒がしさを増していた。
本来、そのことを注意するべき立場の千草は――。
「……それで、なぎささんは大丈夫なの?」
心配そうな、不安そうな顔を浮かべ歩夢に問いかけていた。
彼女がそんな表情を見せている理由。それは……。
「ええ、とりあえずは……。ですが、いまだ意識は戻っていないようで……」
苦々しげな様子で口を濁す歩夢。
……昨日、歩夢が注意して霞と行動をともにしていたところまでは彼女も把握していた。
しかし、その後。二人は一度別れたようで、その間の彼女の行動が知れなかった。そして、やはり渚のことが心配になった霞が再び合流しようとして探していたところ、資料室で意識を失い倒れている渚が発見されたのだ。
しかも、彼女が倒れていた付近にあった机の上には――。
「それで、これが……」
「ええ、発見された資料です」
そうして二人の前に広げられた資料。それこそ、昨日、レオーネの後をつけていた渚が見た。盛周の両親が記載されていた資料であった。
そして、その資料を見ていた歩夢は信じ難いことを口にする。
「これは、我々が保有している資料ではありませんでした」
「……ええ、そうね。そもそも、私たちはバベル壊滅時、資料の回収が出来なかった。だから、バベルの構成員について、ほぼ知らないわ」
歩夢の言葉を聞いて同意するように千草も言葉を続けた。
そう、あの時。一度バベルが壊滅した時。秘密保持のため、バベルは本拠地を自爆させ、その結果。バルドルは資料の確保に失敗していた。
だからこそ、バベルの情報は、かの組織の裏切り者。千草の養女となった霞の証言のみ。それも、知っている情報は少ないときた。
その数少ない情報の内の一つ、それが――。
「先代大首領と、副首領の正体、だったわね……」
「ええ、そして今回。図らずとも……」
ここにある資料で、それが真実であることが証明された。……されてしまった。
そのことに思わず頭を抱えたくなる千草。だってそうだろう? なにせ、彼女が気に掛けていた少女。超能力を扱える以外は普通の女の子である渚に、図らずとも自身の想い人である少年。その両親を手に掛けたことをまざまざと見せ付けてしまったのだから……。
いっそ作為的な悪意を感じるのも無理はない。問題はそれを成したのが誰か、という話だが……。
「それで、基地内に不審者の情報は……、あるわけないわよね」
そう言って頭を抱える千草。
そもそも、仮にもここは秘匿されているとはいえ国家施設。ザルな警備をしている訳がない。
事実、今まで精査していた監視カメラの映像でも不審人物の映像はなく、映像自体が細工されている可能性も低い、とされている。
端的にいって手詰まりであった。
それこそ、内部にスパイでもいる可能性を考えた方が無難とでもいえる程に。
そう考えると、一番怪しいのは――。
「……かすみさんは、今どうしてるの?」
「あの娘は、今なぎさちゃんが収容されている病室に付き添いとして……」
「……そう」
千草としてもあり得ない。あり得ないと思いたいのだが、それでも……。
一番怪しい人物となると、元バベル所属の南雲霞。ブルーサファイアが最有力候補であった。
もちろん千草としても彼女を、養女とはいえかわいい義娘を疑いたくない。だからこそ、彼女は歩夢に確認を取る。
「……事情聴取を受けた時のあの娘の様子は?」
「正直、こちらが可哀想に思うくらいには動揺していましたよ」
「……そう、そうなの」
無理もない、少なくとも今までの彼女の様子から渚を大切に思っていたことは事実であるし、そんな彼女が倒れたことに対して、動揺するのは仕方ない。
それに何より――。
「この事を一番危惧してたのは、あの娘ですものね……」
「……ええ」
彼女がバベル大首領のことをリークした時、一番に言ったのは、このことを渚に、レッドルビーにだけは伝えないでほしい、という願いだった。
それも当然だ。誰が好き好んで大切な人の、両親が敵の首領だと伝えようと思うのか。
だから、彼女は大首領と戦うのも自身に任せてほしい。と告げていたくらいだ。
もっとも、それは叶わず。結果としてレッドルビーが手を下すこととなってしまったが……。
「こうなると、あのときの決断が悔やまれるわね」
「しかし、あの時はそれが最適解でした」
「ええ、それは分かってる。……まさしく後悔よね。後から悔いても仕方ないのに」
当時、ブルーサファイアが裏切ったのはバベルとの最終決戦近く。正確に言うなら彼女が裏切ったからこそバベルに対して首狩り戦術を、奇襲を行えるようになった。
だが、それは同時にサファイアとバルドルという組織で信頼関係を築くのに時間が足りなかったとも言える。
もちろん、サファイアとルビーの間には信頼関係があった。だからこそ、サファイアは、霞はバベルを裏切りバルドルに、渚についたのだから。
……だからこそ思うのだ。もしも、あの時。サファイアとバルドル。その間にも信頼関係を築けていたら結果は違ったのだろうか、と。
もはや、今さら考えても詮なきことではあるが……。
「本当に頭が痛くなるわね……」
「ええ……」
そうして互いにため息を吐く二人。
そのまま部屋の中には重苦しい雰囲気が漂うのだった。