見せ付けられた罪
三人での模擬戦の後、結果的にとはいえやりすぎて部屋の惨状を作り出した渚は、歩夢から大目玉を食らっていた。
なお、同じく惨状を作り出したレオーネも怒られはしたのだが、彼女の場合。もともと模擬戦の参加理由が善意の、後輩を鍛えたいということを歩夢が了承したこと。なおかつ、彼女が政府預かり――バルドル内部では――と、されていることから、そもそも行動を制限する権利がない。という複数の理由から厳重注意で済まされていた。
そして歩夢からこんこんと叱られた渚は、よほど堪えたのか、いくらかやつれた表情で部屋から解放された。
「……あうぅぅぅぅっ。別にわざとやった訳じゃないのにぃ……」
そう言いながら滂沱の涙を流す渚。そんな渚を待っていた霞は、彼女を優しく抱きしめると頭を撫でる。
「はいはい、頑張りましたね、なぎさ。……でも、調子に乗りすぎるのはダメですよ?」
「……うぅぅぅぅぅ。かすみまでそんなこと言うぅぅ……」
霞から慰めに扮した追撃をもらうことになってしまった渚はさめざめと泣いている。
そんな彼女を見て、霞はようやく言葉選びを間違ったことに気付き、困った顔になる。
別に彼女は渚に追撃を掛けている気は毛頭なく、あくまで慰めのつもりだったのだから仕方ない。仕方ない、が、今回はそれが見事に渚のハートにクリティカルヒットしてしまっただけだ。
そんな状況であったのだが、流石にいつまでもこんな通路のど真ん中で抱き合っている訳にもいかない。
実際、さめざめと泣いている渚は気付いていないものの、遠巻きにバルドルの所員たちが二人を見てひそひそと内緒話をしている。
これももし、渚が気付いてしまえば、更なる追撃となってしまうのは想像に難くない。
それを防ぐためにも、霞は渚とともに早急にこの場を立ち去る必要があった。そのため、霞は渚の手を牽きながら優しく話しかける。
「ほら、なぎさ。行きますよ? 歩けますか?」
「……うん」
「それじゃ、一度シャワー室に行きましょう? 疲れてるから、そこまでナーバスになってしまうんですから、ね?」
そう言って二人はこの場を立ち去っていく。
……ちなみに、霞の預かり知らぬところであるが。二人の立ち去る姿を見ながら、件のひそひそ話をしていた所員たちは、さらに盛り上がっていた。
これは、彼女の、まだ稼働して三年程度しかない霞にとっては予想外なことに、この二人。霞と渚のやり取りを見て掛け算をしていた男同士、女同士どちらでもイケる生粋の貴腐人たちであった。そのことを、もしも知っていれば渚だけではなく、霞もまた衝撃を受けていただろう。
……世の中には知らなくても良い、知らない方が良いこともあるという好例であった。
その後、シャワーを浴びた渚と霞。彼女らはそれぞれ別行動を取っていた。と、いうよりもむしろ渚が別行動を取るようにお願いした、というのが正確だ。
なにせ、シャワー室に到着し、身体を清め始めてしばらくするまでの合間、渚は先ほどまでの精神負荷で幼児退行化しており、シャワーを浴び終わる間際までその状態。……端的にいえば霞に身体の隅々までお世話されていた。
もちろん霞はただの善意で行っていたことだが、渚にとっては同年代の親友にそこまでされたことに対する羞恥心で、穴があったら入りたい。どころか、そのまま埋葬してほしい。等と考えるほどに錯乱していた。
それでも、善意でしてくれた霞に心配をかけないため、彼女はなんとか自身の精神力を総動員して、霞を宥めすかして彼女を先に帰らせた。
もっとも、それでも霞は彼女を心配して後ろ髪引かれる思いだったようだが……。
とにもかくにもそのような事情で別行動するに至った渚は、霞に対する羞恥心や、心を掻き乱すあれこれから完全に落ち着くまで待機して、なんとか大丈夫だろう、と思えるほどに落ち着いた後にシャワー室から出る。
そうして部屋を出た渚は、反射的に辺りを見渡す。先ほどの羞恥のこともあり、無意識に警戒していたのだ。
そしてそんな彼女の瞳に、一つの人影が写る。
「あれ、レオーネさん……?」
それは渚よりも前に、歩夢の説教から解放された筈のレオーネだった。
まさか、彼女がまだ基地内に残っていたことに驚く渚。
いつも飄々としている彼女だが、意外に多忙で、もう既に基地から出ていったものだと思っていたのだ。
しかし、いまだに彼女が基地に残っているということは、今は時間的余裕があるのだろう、と判断した渚。
なら、彼女に聞きたいこと、言いたいこと、そして話したいことがある彼女は、レオーネの後ろ姿を追うことにした。
レオーネを追う渚。しかし、追う途中何度か声をかけるものの、考え事に没頭しているのか、それとも他の理由があるのか。レオーネはひたすら渚を無視して歩いていた。
そのことに不満を持つ渚だったが、それ以上になにが彼女をそこまで突き動かすのかが気になり、ひたすら彼女の後をつけ回す。
そして、最終的に彼女が行き着いた場所は――。
「……ここ、資料室?」
レオーネと渚が行き着いた場所。そこは今までのバルドルの活動記録が保管されている資料室であった。
レオーネがなぜここに用事があるのか。首をかしげる渚。しかし、それもレオーネ本人に聞けば済む話、と彼女は資料室の扉に手を掛け――。
――そこで彼女の直感が特大の警鐘を鳴らす。
ここを開けるな、今すぐ引き返せ、と。
しかしここはバルドルの基地であり、命の危険はないに等しい。
そんなところでどんな危険があるのか?
それ以上に、レオーネと話したい。という欲求が上回った渚は、そのまま扉を開け――。
「レオーネさ――――あれ?」
確かに自身よりも先にレオーネが部屋に入ったはずなのに、その姿が見当たらない。
そのことに疑問を覚えた渚は、恐る恐る部屋に入る。
「……レオーネさーん、どこですかー?」
そのまま内部を探索する渚。しかし、レオーネの姿はない。
そのことに、もしかして基地内にも学校の七不思議のようなものが……? と、少しづつ恐怖を覚える渚。
その時、一つの机の上。そこに不自然な形で広げられた資料を発見する。
それを見て、なんだろう? と近づく渚。
そして、その資料に手を掛けた時。
――先ほどよりも、さらに激しく警鐘が鳴り響く。
それを絶対に見るんじゃない。今すぐ引き返せ、といわんばかりに……。
だが、この資料はレオーネが消えたことに何らかの関係があるかもしれない。そんなものを無視する訳にもいかない渚は、痛いほど鼓動する心臓をあえて無視して、恐る恐る資料に目を通す。すると、そこには……。
「……なん、だ。ただのバベル壊滅時の資料じゃない」
そのまま、ホッと安堵の笑みを浮かべる渚。だが、心臓の鼓動はいまだに続いている。それを意図的に無視してレオーネを探さなくちゃ、と思い資料から目を離そうとして……。
「……えっ?」
安堵の笑みが凍りつく。顔が青ざめる。彼女の視線はとある一点に注がれた。その視線の先には。
「……うそ、よ」
彼女の視線の先。そこには、壊滅したバベル。そして彼女が討った大首領と副首領。
「……おじさま、おばさま?」
……約二年前、鬼籍に入った筈の盛周の両親の姿が、くっきりと写し出されていた。