レオーネの力、その一端
先手は奇襲を仕掛けたレオーネからだ。
彼女は自身の身体能力の高さを存分に活かし、脚をバネのように弾ませ、あっという間に二人の間合いに入る。
そしてそのままデスサイズを薙ぎはらう――!
「ちょっ……!」
「――っ!」
しかし二人とてバベルを、怪人たちを相手にして勝利し、生き残ってきたヒロインだ。いくらレオーネが圧倒的な身体能力を持っているとはいえ、単調な攻撃に当たるほど弱い筈がなく、後ろに飛び退くことで回避する。
しかし、それでも二人の訓練に乱入してきたレオーネに多少なりとも混乱しているレッドルビーは口を開こうとして――。
『なぎさちゃん、かすみちゃん。聞こえる?』
突如聞こえてきた歩夢の声に気勢を削がれる。
そのまま何事か、と歩夢がいる管制室を見上げるルビーとサファイア。
そこで歩夢からレオーネ乱入について、事情を告げられる。
『さっきレオーネちゃんから申し出があってね、彼女が胸を貸してくれるそうだから、今度はあの娘を相手に戦ってみて』
「……はあっ?!」
歩夢の言葉を聞いて驚きの声を上げるルビー。
それは単純にレオーネが訓練相手になることもであるが、それ以上に彼女相手に二人掛かりで戦え、という意味の方が大きかった。
いくら彼女が先輩のヒロインとはいえルビーも、渚も先代バベルを壊滅させ、この国を、世界を守ったという矜持がある。
それなのに自分と、そして同じ実力を持つサファイアとで協力して戦え、と言われたのであれば納得できないのが、実際のところだ。
つまり、彼女から。歩夢から二人はレオーネより劣っている、と断言されたに等しいのだから。
だが彼女がそう思うのも想定済みなのだろう。歩夢はさらに挑発するように、あるいは事実を淡々と告げるように語りかける。
『なぎさちゃんやかすみちゃんが強いのは私も理解してるよ? ……でもね、レオーネちゃんのこと、あまり甘く見ない方が良いよ?』
「……それは、私たちよりもあの人が強い、と?」
そこで今まで沈黙を保っていたサファイアが声を上げる。だが彼女の場合、ルビーとは違い激情にかられた訳ではなく、ただ淡々と確認のため歩夢に質問しているように見える。
そして、歩夢もまたそんなサファイアに己が感じていることを告げる。
『……うん、単純な強さだけならレオーネちゃんは二人の上を行ってる。これは身内贔屓とか、そんなんじゃなくて純然たる事実だよ』
「……なる、ほど」
歩夢の返答を聞いたサファイアは、厳しい顔つきになるとレオーネへ向き直る。
そこには手持ち無沙汰になって、デスサイズを弄っているレオーネの姿が。
しかし、サファイアに見られていることを感じたレオーネは、再びデスサイズを構え直すと声をかける。
「んー、話は終わった? じゃ、やろっか?」
「……っ」
飄々とした態度のレオーネ。だが、彼女を注意深く観察したサファイアは、隙だらけに見え、その実、全く隙を感じさせないレオーネの様子に舌を巻いていた。
そして、彼女が感じていたことと同じ事をルビーも理解して、先ほどまでの不満が嘘のように真剣な顔つきになっている。
「……サファイア」
「……ええ」
小声で掛け合う二人。そして、二人は頷くと――。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ともにレオーネへ向かって駆ける。
そんな二人をレオーネは、舌舐めずりして迎え打つのだった。
先ほどとは違い、今度はレッドルビーからレオーネに襲いかかる。
「――はっ!」
気迫のこもった声を上げるとともに、まずは飛び蹴りを叩き込もうとするルビー。
だが、そんな単調な攻撃が当たる筈もなく、レオーネは半歩脚を下げることで身体の軸をずらして躱す。
しかし、その程度のことはルビーも承知の上。あくまでも彼女の攻撃は陽動だ。本命は――。
「……はぁっ!」
――空中から落下してきているサファイアによって放たれた、大剣による袈裟懸け。
確かに単純な身体能力だけなら、レオーネはガイノイドであるサファイアすらも上回る。だが――。
(いくらあの人の能力が凄くても、ガイノイドの膂力、大剣の質量、それに落下エネルギーを合わせた力なら――!)
それなら、間違いなく攻撃は通る筈、と確信していたサファイア。
しかし、次の瞬間。彼女は大きく目を見開くこととなる。
「……う、そ――」
確かに大剣となったブルーコメットはレオーネに触れている。……と、いっても本人ではなくデスサイズの柄。しかも、ぎりぎり、と金属同士が擦れる音はするものの、レオーネは涼しい顔をしており――。
「……まぁ、狙いは悪くないんじゃないかな?」
完全に攻撃は防がれている。しかも、体勢で言えば脚を下げた結果、普段よりも力が入りづらい側面から、なおかつデスサイズも左腕でしか持っていないのに関わらず、だ。
それなのに、常人よりもはるかに力が強いサファイアの攻撃を受け止めて見せた。その時点でサファイアの驚愕は理解できるだろう。
だが、彼女はサファイア一人と戦っている訳ではない。
「……ふっ!」
飛び蹴りを外したルビーは、即座に後ろ回し蹴りを放つ!
彼女もレオーネがサファイアの攻撃を止めたことには驚いたが、それでも今彼女の注意はサファイアに向いている。ならば、この一撃は十分奇襲に――!
「……甘いよ?」
「――なっ!」
なんとレオーネは、ルビーを見ることもなく右手で彼女の足首を掴み、後ろ回し蹴りを止めて見せた。さらには――。
「……あっ、ぐ――!」
レオーネが握ったルビーの足首から、みしみし、という音が聞こえ、彼女は苦悶の表情を浮かべる。レオーネの握力に骨が悲鳴を上げているのだ。
「こ、の……!」
ルビーはひとまずレオーネの握撃から解放されるため、もう一方の脚で飛び上がるとともに、レオーネの腕めがけて蹴りを放つ。しかし――。
「……だから、甘いって。そう言ってるでしょ」
「――――かはっ……!」
彼女の蹴りがレオーネの腕に届く前。レオーネは足首を掴んだ腕を振り下ろし、地面に思いっきり叩きつけた。
中途半端に空中に浮かび、体勢を整えることが出来なかったルビーは受け身を取ることも出来ず、盛大に地面に背中を打ち付けることとなった。
その結果、肺から酸素が吐き出し、一瞬意識が遠退くルビー。
だが、それで攻撃を緩めるほどレオーネは甘くない。
「……よっ、と」
「――ぐっ!」
「きゃっ……! ちょっと、なぎさ。大丈夫ですか?!」
ルビーを地面に叩きつけたレオーネはそのまま振り回すと、今度はサファイアに叩きつける。
レオーネと鍔ぜり合いをしていたサファイアは、彼女の予想外な行動に驚き、吹き飛ばされながらも、なんとかルビーを抱き留める。
「……ごめ、サファイア」
サファイアに抱き留められたルビーはか細く、囁くような声をこぼす。
事実、先ほど地面に叩きつけられた影響か、彼女は時折苦しそうに咳き込んでいる。
そんな二人を、レオーネは油断なく見つめていた。
そのことにサファイアは人知れず冷や汗を滲ませる。
そして、これが最強と謳われたヒロイン。と戦慄するのだった。