常識の境界
しばし盛周と楓に引き摺られるように、部屋の中に沈黙が降りる。
そのまましばらく重苦しい雰囲気が流れるが、それを破るように、資料を食い入るように見ていた楓は、不可解そうな顔をして口を開く。
「しかし、本当にあり得るのですか……? 宇宙と、異世界からの侵略者など、と。SFやファンタジーじゃないんですから……」
と、率直な感想を口にする。
そう、盛周の父親が遺した資料。そこには今楓が話したように、遠くない未来に起こり得る脅威について記されていた。……ただし、基本的に妄言としか思われない内容だったが。
そんな楓の率直な感想を聞いた盛周は苦笑いを浮かべる。実際、自分とて父親と関係者ではなく、また前世の記憶がなければ同じ感想に至っただろう、と思うからだ。しかし――。
「……まぁ、それもそうだが。秘密結社やら、世界征服やら。それらも十分ファンタジーだと思うぞ」
「そう、でしょうか?」
盛周の意見に少々納得がいかないものを感じる楓。それもある意味仕方ない。
そもそも盛周は前世の、楓は今世の常識でことを語っているのだ。
盛周の前世は秘密結社というのは、それこそ物語の中にしか存在しないものだった。
対して楓の、この世界の人間たちにとって秘密結社やヒロインなどの存在は、公然の秘密とされ、ある意味身近なものだった。
その二つの認識にズレがある以上、話題が噛み合わないのも必然であった。
納得のいかない楓は、その中でも特に気になることへ言及する。
「特にこの、異世界の魔法。これが一番あり得ない、と思うのですが……」
真剣な表情で疑念を口にする楓。そんな彼女に対し、他の面々――レオーネですら――曖昧な笑みを浮かべる。
それを見た楓は困惑する。
彼らの反応、それは魔法の存在を肯定するものに見えたから。
そして、楓の考えを肯定するように盛周が話し出す。
「……楓、一応言っておくが、この国。というよりこの世界にも魔法は存在しているぞ?」
「……まさか」
「いいや、本当だとも」
そう言うと、盛周は手の指を立てながら、かつて存在した、あるいは今もまだ存在する魔法、またはそれに類する力を語っていく。
「例えばこの国、日本国なら陰陽師に代表する陰陽術に神降ろしとも呼ばれる降霊術。他にも符術なんてものもある」
そして一息つくと、今度は国外に存在する力を列挙する盛周。
「それで、今度は海外に目を向ければ魔女の力であるウィッチクラフト。死人や霊を操る術であるネクロマンシー、仙人が使う道術など。有名どころだけでもこれだけあるし、各地のマイナーな術まで考えればキリがないだろうな」
「……そんなに、ですか?」
盛周の例えの数々を聞いた楓は驚いた、というよりも驚きすぎたのか、一周回って逆に冷静、ではなく思考停止に陥っていた。
そんな彼女の状態を笑いそうになっている奈緒。
そして彼女は、楓にとってさらなる爆弾発言をする。
「それに、だよ。楓くん。一応我々も、試験的にだけど一部取り入れてたりするんだよ?」
「……えぇっ?」
奈緒の発言を聞いた楓は困惑の声をあげる。その表情は、もうこれ以上は勘弁して。というのがまざまざと伝わるほど情けないものとなっていた。
そんな彼女を見て、流石に可哀想だと思ったのか。盛周がフォローをいれるように話しかける。
「まぁ、そこら辺り気付かなかったのは仕方ないだろうな。使っている、とはいってもそれはフツヌシの話だし、さらに言えば前回のレオーネたちとの戦いでは使用していないからなぁ」
「まぁ、そうだねぇ。一応防御的な意味で言えば使ってない、こともないんだけど。そもそも、オカルト方面の力を使うのがいないから意味ないしねぇ……」
そんな盛周に追従するように奈緒も、さもありなん。と、頷きながら話している。
そんな二人の話を聞いた楓は今度こそ宇宙を背負った猫のような、呆然とした表情をしていた。
その楓を見てけらけらと笑うレオーネ。
しかし、笑われた当の楓は怒る気力もわかないのか呆然としたままだった。
まさか、怒ることすら出来ない楓を見てレオーネは不満そうにする。
流石に楓がこの程度で一杯一杯になっていることに納得がいかない様子だった。
そんな彼女を落ち着かせるように話しかける盛周。
「まあまあ、レオーネ。勘弁してやれ。楓はある意味、一番の常識人だからな。こうまで常識が崩れたらしょうがないだろう?」
「それはそうだけど、ご主人さまぁ……」
楓をかばう盛周相手に情けない声を出すレオーネ。それはいつも突っかかってくるのに張り合いがない、という感じだった。
しかし、こうも反応がない以上話を進めるわけにもいかず、盛周たちは楓が正気に戻るのをしばらく待つことになるのであった。