バベル、その目的
半ば雑談と化していた会合。
それを軌道修正するため、盛周は咳をして彼女らの注目を集める。
「んんっ……。それで楓、これで俺が謝罪した意味は分かってもらえたと思うが……。それとレオーネ、改めて報告をしてもらえるか?」
「あっ、はーい。それじゃあ――」
盛周の要請を聞いたレオーネは返事をするといそいそと自身の席へ移動する。
そして、そのまま着席すると彼女は報告を始める。
「それで、えっと……。そうそう、まずはバルドルについて、かな。と言っても、現状報告できることは多くないね」
「ふむ、その心は?」
「ぶっちゃけ、戦力は先代時代の壊滅時から変わってないレッドルビーとブルーサファイアの二人体制で増員などは無し。……まぁ、流石にヒロインになれるだけの素養がある娘は珍しいから、そこはまだ良いんだけど……」
そこまで言って歯切れが悪くなるレオーネ。どことなく、言いづらいことがあるのだろう。だが、盛周に目線で続きを促されると、おずおずと続きを話し始める。
「組織の技術力などがあまり発展してない……。というよりも予算が降りてきてない感じ、かな? ともかく、それで千草さん……、と、バルドルの司令官も苦労してるみたい」
「それは妙だな……。――朱音?」
今の報告を聞いて不審なものを感じた盛周。そして彼は、それを確認するために朱音へ、シナル・コーポレーション代表取締役に話しかける。
「こちらから援助している筈、だったよな?」
「はい、間違いありません盛周さま。そちらについて十分な金額をしております」
「……それは、直接か?」
「いえ、一応政府を通して、という形になっておりますが……」
「だが、資金難に陥ってる、と……。中抜きか?」
そう考えた盛周と朱音は頭を悩ませる。
だが、今の言葉を容認できなかった者もいる。実働班の長である楓だ。
彼女は慌てた様子で盛周へ確認する。
「お待ち下さい盛周さま! 今、なんと……。私にはバルドルを援助している、聞こえましたが……」
「……む、そうか。そう言えば楓と――」
そう言って盛周は奈緒を流し見る。彼に見られた奈緒は、半分確証があったのだろう。どこか興味深げな瞳で盛周を見つめている。
「――奈緒には色々と告げていなかったな。そろそろ頃合いかな、朱音」
「ええ、そうですね。そろそろ四天王の間だけでも情報を共有すべきかと」
互いを見て頷きあう盛周と朱音。
そんな二人を見て、奈緒は楽しげな様子で茶々をいれる。
「やれやれ、二人とも楽しそうだねぇ。ようやく秘密主義は終わりかい?」
奈緒の言葉にバツが悪そうにする盛周。逆に朱音はそれがとうした、と言わんばかりに飄々としている。
それどころか、不適な笑みを浮かべると奈緒へと語り掛ける。
「何を言うかと思えば……。貴女も薄々感づいていたんでしょう、奈緒?」
その言葉に奈緒はやれやれ、と首を横に振りながら肩をすくめると、それが図星であるかのごとく答える。
「そりゃそうだ。なんたって私も先代からの大幹部だよ? あの方たちの理想を、願いを知ってるさ」
奈緒の言葉を聞いて首をかしげる楓。
少なくとも、彼女が知るバベルの目標。理想は世界征服であった。しかし、奈緒の口ぶりからするとそうではないように思える。それが不思議だった。
そんな彼女の不思議そうな顔を見た盛周は、敢えて問いかける。――バベルが本来理想としていた目標を。
「楓、我らの理想を、我らの目的が何なのか分かるか?」
「……我らの目標、それは世界征服だと、そう認識していましたが……」
「いや、それは本来目的を達成させるための手段でしかなかった。……それがいつしか目的とはき違えるようになってしまったんだ。――親父の時代に組織が大きくなりすぎた弊害だな」
世界征服を手段とまで言いきる盛周。そうまで言いきる盛周にそれならば本来の目的について問いかける楓。
「……それでは、本来の目標とはいったい何なのですか?」
「その前に楓。我らの組織、バベルという名前の由来は分かるか?」
「バベル、ですか? 単純に考えるなら【バベルの塔】、かつて神話で謳われた統一言語の人類勢力と、神の怒りを買ったがゆえの衰退を描いた物語、では……?」
「そう、その通りだ。そして、我らの最終目標。それは世界統一、世界を一つに纏めあげることだ」
「それは、暗に世界征服と同じでは……?」
世界征服と世界統一。それでは単なる言葉遊びでは、と指摘する楓。
その指摘に盛周は首を横に振ることで否定する。
「いいや、違う。世界征服だと最終的に上に立つのは我らだ。だが、世界統一はそうではない」
「……我らが上に立つのは必須事項ではない、と?」
「そうだ。……と言っても、それだけでは何を意味するのか分かるまい。――これを見てくれ」
そう言いながら一つの資料を提示する盛周。それはかつて、彼が先代大首領。父親の書斎で見ていたものだった。
それを訝しげに見やる楓。しかし、資料を読み込んでいく内に眉間にシワがより、最終的には驚きの表情で盛周に問いかける。
「盛周さま、……いえ、大首領。このようなことが起こり得る、と?」
「少なくとも親父はそう思ってたし、裏付けるデータも揃っている。……だからこそ、俺もバベル大首領になることを了承したんだ」
その言葉を最後に、盛周と楓の間に重苦しい沈黙が降りるのであった。