レオーネ Begin
こんばんは作者です。
注意事項ですが、本話には胸糞表現、並びに犯罪を連想させる表現があります。
ご注意いただくとともに、犯罪を助長させるものではなく、また犯罪行為の手を染めないようお願いいたします。
――あの時、ボクはきっと驕り高ぶっていたんだと思う。だからこそ、あの結末は必然なんだ、って理解してるつもり。……でも、納得なんて出来る筈ないんだけど。
でも、それでも過去を失くす、何てことは出来ないし、失くしたいとも……、少しは考えちゃうけど、思わない、かな。
だって、その過去を失くせば、ご主人さまと出会ったことすらも失ってしまうんだから。
当時、ボクにとってヒロイン、英雄っていうのはていの良い金稼ぎの手段でしかなかった。
そもそも、ボクには戸籍なんてものがあるのかも怪しいし、普通の、世間一般の人たちが言う日常に溶け込めるかすら怪しいんだから。
ボクの始まりの記憶、というのも怪しいけど、それは人気のない路地裏で残飯を漁っている日常からだった。
孤児、とでもいうのかな? それとも、ただ単に捨てられただけかもしれないけど、まぁ、ともかくそんな記憶からだった。
そんなんだから、もちろん両親の記憶、何てものはないし、愛情なんてものもしらない。
ただ分かっていたのは、ひもじい思いをしてることと、お金があればそれをしなくてすむこと。そしてボクが他の人よりも遥かに、身体能力が優れていた、ということだけ。
……まぁ、優れていると言ったところで子供が大人に勝てるわけないし、事実ボクも人拐いにあったわけだけどね。
で、拐われて連れてこられたのはどこかの訓練施設。
まぁ、このご時世。どこかの秘密結社が足の付かない鉄砲玉として、身よりのない子供を教育、というよりも調教? しようとしてたんじゃないかな?
それでも、食べ物に食いっぱぐれることもなく、雨風で震えることのない生活ってだけで、もとの生活と比べれば天国だったけどね。
まぁ、倫理的な意味で言えば大問題なんだろうけど、今を生きられないなら何の意味もないからね。衣食足りて礼節を知る、何て言葉もあるくらいだし、さもありなん、というやつだよ。
……もっとも、その生活も長くは続かなかったけど。
何でかって? 単純だよ。そんな後ろ暗いことをしてるなんて、つまり敵対者がいるのは確定。
……まぁ、分かりやすく言えば施設、ひいては組織が壊滅したんだよ。
それで晴れてボクたちは保護、何て言えば聞こえは良いけど……。
ま、子供に鉄砲玉やらせよう、なんて組織がまともな筈ないよね。
ボク以外の子供たちはもれなく廃人寸前。薬物投与による身体強化に、人体改造。場合によっては他の生物の特性を付与して、擬似的な怪人化までさせてたんだから、むしろ廃人化してないほうがおかしいよ。
……ボク? ボクの場合、薬物投与だけで怪人並みの身体能力を得てたからね。それ以外は必要なかったよ。組織としても安上がりで、なおかつ安定してるならそれの方が良いからね。
もっとも、肝心の組織はその恩恵を受ける前に壊滅してしまったわけだけど。うまくいかないもんだよね。
そんなもんで保護されたボクだけど、そこが一つ目の運命の別れ道。早い話がボクの身体能力を見て、ヒロインとしてスカウトされたってこと。
もちろん、ボクはそれに飛び付いた。
なんてったってまた根なし草になった訳だしね。食うためにはお金がいる以上、是非もないよね。
幸いにして組織の手で、ただでさえ高かった身体能力がさらに高くなって、同時に戦闘訓練もしてたから最低限戦えるようになってたから、それを考えるならまさしく天職、というやつだよ。
そうして、経験を積むうちにいつしか最強のヒロイン、なんて言われるようになったんだよ。……同時に金にがめつい、なんて言われるようにもなったけどね。
そんな時だったよ。バルドルの前身、そこに所属してた千草さんと水瀬さんに会ったのは。二人に出会った後が、ボクにとって人生の絶頂期、と言えば良いんだろうね。
ボクに親身になって接してくれる二人に、飢えることのない生活。それに怪人、なんていってもボクの敵じゃなかったわけだしね。
……本当に我が世の春が来た、って感じだったなぁ。
でも、まぁ……。それがボクに慢心を生み出して、結果的に坂を転がり堕ちるように事態は急変することになったんだ。
レッドルビー、なぎさちゃんが表に出る前くらいだから大体三年くらい前かな? 完全に油断、慢心したボクは一つの秘密結社を見つけ、単独で倒せるだろうって高を括って、撃滅に向かったんだ。……千草さんと水瀬さんに内緒で。
その時は、サプライズで後から教えれば誉めてもらえそう、なんてことを能天気に考えてた、かな?
おかしな話だよね、戦う前から勝った後の算段なんてさ。今となっては、本当にそう思うよ。そして、その代償は高く付くことになったんだ。
その秘密結社を襲撃した時、当時は気付かなかったけど、いくつかの誤算があった。
一つはその規模が想定以上に大きかったこと。それに付随して構成員も多かったこと。
二つ目は、その組織。バベルほどではないけど高い技術力を持っていたこと。
そして、三つ目が潤沢な資金を持っていたこと。
はっきり言えば途中までは順調だったよ。敵も強くはなかったし、苦戦する要素はなかった、筈だったんだけど……。
それでも最終的にボクは負けて虜囚の身になった。
その原因は一言で言えば数の暴力、敵の数が多すぎたんだ。
そもそもボクは一人で、千草さんたちのバックアップもない状態で戦ってた訳だけど。そんなボクに対してあの組織は、戦力を逐次投入することで対応したんだ。
……戦力の分散は愚策。なんて言葉は良く聞くけど、そんなのは場合によりけり、だと今なら言える。
いくらボクが怪人並みの身体能力を持ってるっていっても、あくまで人間。お腹が空けば疲れもするし、体力が無限にあるわけでもないし、集中だって途切れる。
それをあの組織は無理矢理作り出したんだ。人海戦術を取ることによって、ね。
終わることのない戦い、尽きることのない敵戦力。
それによってボクの気力と体力は徐々に削られていった。そして最後の時、集中力が途切れ、足元にあった敵の死骸に足を取られたボクを、あいつらは四方八方から取り囲んで押さえつけた。
そうなったら、もう終わりさ。いくらもがいたところで、大人数人掛かりで押さえ込まれてる以上跳ね返すのは難しいし、仮に跳ね返せたとしてもすぐにおかわりが来る。
そうして無駄な抵抗を続けている間に完全に体力も尽きて、完全な詰み。後は相手の好き放題だったよ。
……その後は本当に惨めなものだったよ。まず、抵抗できないように腕と足の健を切られた。そうすればもう逃げられない、というのもあるしね。
そして、それは同時にボクのヒロインとしての矜持を傷付けることになった。なんてったって、それまで苦戦しなかった雑魚にすら勝てなくなったんだからね。ヒロインとしてのボクを完全否定されたと言ってもいいかもね。
そして次に否定されたのは、人としてのボクだった。
まず、衣服はすべて剥ぎ取られて、産まれたままの姿で牢に繋がれることになった。そして腕と足が動かない以上、ご飯なんかも犬みたいに食べなきゃいけなかったし、お誂え向きに器も犬猫用の物に中身は残飯。さらに言えば食べたり飲んだりすれば、出るもの出る訳で……。どうなるか、分かるよね?
そんな状態で、人の尊厳なんて保てる訳ないよ。
……最後に否定されたのは、女としてのボクだった。
女が敵の虜囚――しかも倫理観のない者たちが相手――になった末路なんて、想像するのは簡単だと思うけど……。ある意味そっちの方がまだマシだったかもしれない。
なんてったって、その場合はまだ女として見てるってことだからね。
確かにボクがなぶられたのも、女にされたのも事実。
でも、あいつらはボクを見てなかった。
征服欲なんてものもなかったし、したいからしてるっ感じでもなかった。……例えるなら、業務内容にあるから、仕事の一環でしてるってだけ。出来ないなら出来ないで、何の問題もない。程度の感覚だったんだろうね。
つまり、暗に女としてのボクは、その程度の価値もない。と示そうとしてたんだろうね。
……まぁ、実際のところ。これらの行動はボクの心を折るためにしてたんだと思う。
ボクの心を完全に折って、従順な兵器に仕立て上げるか、もしくはボクの身体能力が引き継がれることを期待して母体として飼うか。そんなところ、かな……?
実際、そのもくろみは半分成功してたと思う。あの頃は本当に、あの地獄が終わることだけを望んでたから……。
あの時は、ただ死んでいなかっただけ。本当にそれだけだった。
そんな時間がどれだけ続いたのか……。一時期は千草さんと水瀬さんを恨んだこともあった。なんで助けに来てくれないの、って。
当然だよね、二人は何も知らないんだから。助けに来られる訳がない。でも、そう思わないと耐えられなかった。
ボクは悪くない、あの人たちが悪いんだ。……浅ましい話だよ。ボクが慢心し、ボクが望み、その結果がこれなのに、さ。
そして次第に耐えられなくなったボクの心は死んでいって……。
――そこでボクにとって、二つ目の運命の別れ道が来た。
その日、外が騒がしかったのを覚えてる。って言ってもあの頃は完全に心が死んでて、ただ終わることだけを願ってたから、他に関心なんて向けてなかったんだけど……。
ともかく、少しづつ騒がしいのが近づいてきて、ようやく終われるのかな。なんて思ってたんだ。
けど、そうじゃなかった。
牢の近くの壁が破壊されて、そこから鎧武者みたいなロボットらしきものが出てきたんだ。
……後で知ったけど、それが今、ご主人さまが乗ってる零式起動甲冑、フツヌシのプロトタイプ。その初期型だった。
そんなのが目の前に現れてボクはビックリしたけど、ご主人さまの方がもっとビックリしたんじゃないかな?
なんてったって、壁を壊した先にボクが裸で、その、色々と汚れてる状態でいたんだから……。
その後のことはよく覚えてるよ。
盛周にとって、その日は大首領に就任後、彼の構想の一つとしてあったパワードスーツ。その初の試作機のテストを行う日だった。
そのテスト中、盛周はパワードスーツのレーダーが不審なものを発見したことに気付く。
「……ん? これは?」
『どうかしたのかい、大首領?』
「あぁ、博士。付近に妙な反応がある。念のため調査を行おうと思うが……」
『ええっ……? テスト中にかい?』
盛周の提案にどこか不満げな様子の奈緒。
まぁ、起動甲冑も盛周も実戦経験がない現状、不確定要素が起きかねない調査をするのは賛同できないのは当然だと言えた。
だが、それでも盛周は引き下がらなかった。
「……何か気になる。大首領命令だ、これより調査を行う。あと一応念のため、稼動可能な戦力を後詰め出来るように準備してくれ」
『……やれやれ、了解。でも、危ないと感じたらすぐにでも引いてもらうよ。新しい大首領が来て半年で居なくなる、なんて事態だけは避けたいからね』
「あぁ、もちろんだ」
渋々であるが奈緒が許可したことにより、盛周は不審な反応がある地点へと向かう。
そこは見た目で言えばただの雑木林に見えた。しかし――。
「……なにか、隠されている? ――これか!」
一部地面の色が違う部分があった。そこを調べた盛周。すると、その色が違う部分が開き、中に空洞があるのを確認する。
「これは……。どう思う?」
『そうだねぇ……。この先に金銀財宝が、なんてのは?』
「……本当にそう思うのか?」
『いいや? ……まぁ、こんなところにある以上ろくなものじゃないだろうね』
そう言って二人は軽口を叩きあう。そんな時、盛周の回りに独特な、全身タイツ? のようなものを着た一団が現れる。
それを見た盛周は臨戦態勢に入る。
「さて、とりあえず蛇は出てきたようだな」
『うぅん? 見覚えはないけど、どっかの零細秘密結社の戦闘員かな?』
「まぁ、何にせよ実戦テストの的にはなるだろう」
『そうだねぇ』
そのまま盛周は大太刀を構えると一閃!
それだけで辺りにいた戦闘員らしき一団は、ろくな抵抗も出来ず壊滅する。
「……手応えのない」
『それで大首領? 中も見ていくのかい?』
「あぁ、ろくでもないものは潰すに限る。そうだろ?」
『はいはい……』
「気のないこって……」
そのまま内部に入る盛周。
内部にも先ほどの戦闘員らしき者たちがいたが、それらで足止めになる筈もなく――。
「邪魔――!」
たいした抵抗を見せることもなく排除される。
そんな盛周であったが、再びレーダーから反応が出る。しかし今回は――。
「……生体反応、一つだけ? 隔離されているのか?」
『おや、お宝かい?』
「かも、な――!」
そう言って壁を破壊する盛周。この先に反応があった筈だか……。と辺りを見渡して――。
「……!」
近くに少女が――しかも、男の欲望で汚された状態で――牢に囚われているのを発見する。
それを見て――パワードスーツを着ていることから見ることは出来ないが――憤怒の表情を浮かべる盛周。
そして彼は激昂し、奈緒に、そしてバベルに命を下す。
「博士、稼動可能な戦力をすべて送れ! それと朱音に伝えろ、この基地を調査。徹底的に潰す、と!」
『……了解したよ!』
盛周の激怒にただ事ではないことを理解した奈緒は了承の返事とともに戦力の選出を始め、同時に朱音に連絡を取る。
その後、名もなき秘密結社はバベルの総攻撃を受け壊滅することになる。
その後、ボクはご主人さまに保護されて奈緒姉ぇ、博士の治療とリハビリで何とか持ち直せたけど……。
最初の頃は完全に男性不信になって――救いはバベルの構成員がほぼ女性だったこと――大変だったけど、それでもご主人さまはボクの回りに絶対誰かしらの女の人を付けてフォロー要員にしてくれたり。何かと気を掛けてくれたんだ。
それで少しづつ、少しづつよくなってきてた時、偶然、本当に偶然ご主人さまと奈緒姉ぇの内緒話を聞いたんだ。
「なぁ、博士。一つ聞きたいんだが……」
「なんだい、大首領? そんな思い詰めた顔をして――」
「あの娘に洗脳処置は可能か?」
「……はあっ?!」
あの時の、奈緒姉ぇの驚き様は面白かったなぁ……。でも、その後の言葉は笑えなかったけど、ね……。
「なんでそんなことをする必要があるんだい?」
「あの娘があそこでどんな目に遭ってたか、博士だって分かってるだろ?」
「……まさか、洗脳処置でその記憶を消そう、と?」
「……あぁ」
その言葉を聞いたとき、なぜかショックを受けたんだ。……今なら理由なんて分かるけどね。
「出来ることは出来るけど、バカなこと言うねぇ。こちらに旨味が何もないじゃないか」
「そう、だな。これは完全な自己満足だ」
「そこまでわかって――」
そこでボクは逃げ出した。
あの人が、ご主人さまが本当にボクのことを考えてくれてたんだ、ってことを知って。……本当に嬉しいって思ったんだ。
でも、ご主人さまの考えを受け入れたら、ボクはご主人さまのことを忘れるってことで……。
――そしてボクはヒロインだ。
もし、ご主人さまのことを忘れたら、恩人とは知らず、あの人と戦い、死なせてしまう可能性だって……。
そんなのは到底受け入れられなかった。
だからボクは奈緒姉ぇにボクを洗脳しないようにお願いした。
その事を聞いた奈緒姉ぇは驚いてたけど、最終的には頷いて、ご主人さまの説得もしてくれた。
千草さんも、水瀬さんも良い人だと思ってる。
でも、今のボクにとって一番はご主人さまなんだ。
それは何があっても変わらない。
なぜなら、ご主人さまが教えてくれたから。愛する気持ちを、愛したいという欲望を。
他の人には当たり前のことなのかもしれないけど、ボクにとっては初めてだったんだ。
無償の愛をもらうことも。それをあげたい、と思ったことも。
だから、ご主人さま?
どうかボクを捨てないで。
ご主人さまがボクを必要としてくれる限り、ボクはボクとしていられるんだから。
だからどうか……。ボクを愛して、最愛のご主人さま。