戦いの後――バルドル
一連のバベル怪人たちの襲撃を撃破後、バルドル基地にて。
千草や歩夢、レオーネが談話室で話し合っていた。
「……それで、今回は本当に良く撃退できたと思うわ」
千草は談話室に備え付けてある、ふわふわとした実に座り心地のよさそうなソファーに身を沈めながら話す。
それに同意するように、歩夢は部屋に用意されたコーヒーメイカーからコーヒーを注ぐと二人が座る席へと行き、それぞれに行き渡るようにコーヒーカップを渡す。
「本当にですね、特になぎさちゃん。ある程度の経緯はこちらでも把握できてましたが、それでも戻ってきた時は、本当にビックリしましたよ。――はい、どうぞ」
「ありがと、水瀬さん。……あ、おいしい」
歩夢からコーヒーを受け取ったレオーネは、こくりと飲んで頬を緩ませる。
そんな彼女の姿を見て歩夢はホッとした表情を浮かべる。
レオーネもまた渚や霞程ではないにしても、先ほどまで激戦を繰り広げ、帰還してきたのだ。
そして二人以上に深い付き合いでもあることから、どうしても心配してしまうのは無理からぬことであった。
「あら、本当。……これ、おいしいわね? 歩夢、もしかしてこれ……?」
「ええ、レオーネちゃんもだけど、あの娘たちも無事に帰ってこれたから奮発しちゃいました」
歩夢の返答に少し驚いてみせる千草。
まさか、今回のためだけに私物の良い豆を持ってくるとは思っていなかったからだ。
「……これ、どこで手に入れたの? 教えて貰える?」
「ええ、良いですよ。今度また買うつもりなので、その時一緒に行きましょう?」
「ええ、ありがとう」
そう言って今度一緒に買い物に行く約束をして笑い合う二人。
特に千草はコーヒーの味を気に入ったようで、いつもの威厳ある雰囲気はどこへ行ったのか、座っているソファー以上にふわふわとした、楽しみだ、という感情が見え隠れしていた。
そんなほっこりとした雰囲気を漂わせる二人を前に、レオーネは脱線した話題をもとに戻すために咳払いする。
「……んんっ」
彼女の咳払いで完全に話題が逸れていたことを自覚した二人は恥ずかしそうに笑う。
その時、談話室の扉が開き、さらに二人、人影が入ってくる。
一人は制服姿の霞、もう一人は――。
「すみません、遅れましたっ!」
簡素なジャージに身を包み、全身からホカホカと湯気がのぼり、頬が上気している渚。どうやら先ほどまでシャワーを浴びていたようだ。
それもまぁ仕方ない。そもそも、彼女が帰還した時、着ていた服――特に下着関係――が口にするのも憚られる状態であったため、帰還してすぐにそちらへ行かされたのだ。
そうして心身ともに休ませることが出来た渚は改めてここに来た、というのがあらましだ。
「いえいえ、気にしないでなぎささん。それよりもこちらこそごめんなさいね。私たちがすぐに増援を送れたらこんなことにならなかったんだけど……」
「いえいえっ! いくらなんでもあんなの予想できませんよ! ……それより、本当に良かったんですか、……この、ジャージとか――」
そう言いながら自身が着ているジャージを摘まむ渚。
そう、彼女が着ている服はすべて私物ではなく、基地内の購買で販売されているものを千草のポケットマネーで購入し、譲与したものだ。
その事を心配する渚を見て、逆に千草は申し訳なさそうな表情を浮かべ、そしてすぐに安心させるように微笑みながら答える。
「それこそ気にしなくて良いわ。むしろ今回はこちらの不手際だったのだから、この程度のことはさせて頂戴?」
事実、渚が着ていた制服などは洗濯しないとまともに着られない惨状となっている以上、基地に彼女が着る服がなかった。
流石に千草としても、ただでさえ今回の件で失態を演じているのに、ここでさらに恥の上塗りをするというのは許しがたい蛮行であると認識し、彼女なりに出来うる限りの誠意を見せたのだ。
そんな二人のやり取りを見ていたレオーネは顔をしかめる。
「――――――のに……」
不意にぽつりとこぼしたレオーネの言葉が聞こえたようで、歩夢は彼女へ不思議そうに問いかける。
「? どうかしたの、レオーネちゃん?」
「う、ううん。なんでもないよ、なんでも」
まさか呟きが聞こえているとは思わなかったレオーネは、急に問いかけられたことに動揺しながらも大丈夫だと答える。
そして、話題を変えるように渚の、レッドルビーが持ち帰った戦利品について質問する。
「それよりも、彼女が持ち帰った箱? あれについて何か分かったの?」
「あぁ、あれね……」
レオーネの疑問を聞いて顔をしかめる千草。
彼女たちが言っている箱とは、新型コアのことであり、渚が、レッドルビーがガスパイダーから奪い取った代物だった。
奪われた際、ガスパイダーの狼狽え方から、それが重要な物であることは明白であり、レッドルビーが帰還後、即座に解析へ回されたのだ。しかし――。
「どうにも結果は芳しくないみたい。さすがはバベル、と言ったところかしらね……」
そう言ってため息をつく千草。そして、すぐに渚に対して、でも、持ってきてくれて助かったわ。と、フォローの言葉を入れていた。
そうでなくとも、解析できない。情報がない、というのも情報の一つであり、バルドルよりバベルの方が科学力が上、という事実を示すことから完全に無駄、ということではない。
その情報をもたらした、という意味では十分に役に立っているといえた。
そんな二人のやり取りを見ていたレオーネは思案顔になると、一つ提案をする。
「……うん、つまりここでは解析できなかったってことだよね? なら、ボクの方で解析できそうなところへ持っていこうか?」
「解析できそうなところ……? あ、そうね――」
レオーネの言葉に一瞬疑問を抱く千草だったが、彼女の繋がりを思い出し納得する。
そう、彼女は今、片倉官房長官の意向を受けて動いていた筈。つまり、彼経由でさらに設備が整った場所に回せる、ということだ。
もちろん、千草もバルドル司令官という地位からそれなりにパイプはあるが、それでも実質No.2相手となると、色々な便宜やら何やらでスピードが変わってくる。
その事を考えると、レオーネに頼んで解析に回して貰う、というのは妙案だと感じられた。
そうして損得勘定を算盤した千草は、彼女の提案を快諾する。
「そうね、お願いして良い? レオーネちゃん」
「うん、任せてよ。……それじゃ、善は急げ。と言うし、すぐ行くね。報告にも行かないといけないし」
「あら、そう? それじゃお願いね」
「うん、任されて」
そのまま歩夢や、後輩のヒロインたちに挨拶をして部屋を後にする。
レオーネが去った後も残った面々によって反省会、という名目の渚、霞に対する慰労会は続くのだった。