提案
バルドルの指令室に千草が駆け込んで来た時、中では少しでも情報を整理しようと、水瀬が中心となり情報の共有、ならびに精査を行っていた。
「水瀬さん、立塔市郊外の確認完了しました!」
「ありがと! それじゃ、その情報こっちに貰える?」
「はい、送ります!」
「……うん、確認した。それじゃ市街地方面のフォローに入って!」
「了解です!」
他のオペレーターが精査した情報を次々と集約していく水瀬。そんな彼女へ千草が声をかける。
「歩夢さん、現在の状況は?」
歩夢、と呼ばれた水瀬。水瀬歩夢は、千草の質問に答える。
「司令! はい、現在判明している情報はこちらに――」
そう言って彼女は、指令室にある千草のデスクに情報を転送する。
そして千草も、即座に席へ座ると今まで彼女たちがまとめた情報を確認。それと同時に顔を歪ませる。
明らかに前回までの襲撃とは違い、被害が大きくなることを予測できる情報だった。
「……っ! バトロイドが市内全域に……。しかも、郊外にはサモバット、ガスパイダーの怪人二体。市街中心部には今まで確認したことのない怪人、か……」
それは明らかにバルドルの戦力を分散させよう、という意図が見える配置だった。
そして前回の戦いの時、レッドルビーとブルーサファイアは、おそらく再改造を受けたガスパイダー、サモバット相手に苦戦を強いられている。
もちろん、千草も二人が負けるなどとは思っていない。が、それでも二対一の戦いになった場合。そして、新しく産み出されたと思わしき怪人相手だとどうなるか……。
少なくとも、楽観視できる状況でないのは明白だ。
ならばどうするべきか。と、千草は頭を悩ませる。
一応、解決させる方法は、ある。
今、この基地にいる三人目にして最初のヒロイン。レオーネに助力を請うことだ。
しかし、それにも問題がある。それは、彼女が現在、政府の、片倉官房長官の意向を受けて動いている可能性が高いことだ。
彼女、レオーネが基本金銭でのやり取りでしか動かないことに、くちさがない者たちは守銭奴などと蔑むが、それはあまりに一方的な物言いだ。
確かに彼女は金銭のやり取りでの仕事を優先する。が、それは言い方を変えれば何よりも契約を優先する、ということでもある。
それはつまり、彼女はヒロインとして活動に関して責任を持つ、ということに他ならない。
……この字面だけを見ると、何当たり前のことを、と思うかもしれない。
だが、同時にこのような言葉もある。
――金銭のやり取りが発生しない仕事は、無責任なものになりえる、と。
それもまた、確かな事実だ。特にレオーネなどのヒロインは、自身の命を懸けて行動しているのだから尚更だ。
それを無責任だ、などと批判できるものはいないだろう。
ともかく、そういったことからレオーネというヒロインは半端な仕事になりかねないことをするのを可能な限り避けるようにしている。
そして、千草も彼女の行動。信念を知るが故にどうしても頼みづらいのだ。
そうして千草が頭を悩ませている時、指令室の扉が開き彼女の悩みの原因であるレオーネが入室してきた。
「やぁ、大変そうだね。千草さん」
「……えぇ、そうね」
どこか楽しげに語りかけてくるレオーネに、千草は痛む頭をおさえる。
直接彼女に原因がないとはいえ、流石にこうも楽しげにされると千草も思うところはある。だからといって怒るほど大人げないことをするつもりはないが。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、レオーネは千草にとある提案をする。
「……ねぇ、千草さん?」
「どうしたの……?」
「ボクも手伝おうか?」
その言葉を聞いた千草は驚いてレオーネに振り向く。
そして驚いた彼女に対して、レオーネはにこにこ、とした笑みを浮かべている。
……確かに、彼女の提案は魅力的だ。
しかし、彼女の信条を知る身としては、なぜという疑問が強い。
そんな彼女の考えが漏れていたのだろう。
レオーネの笑いが苦笑いに変わると、自身が思ったことを口にする。
「……あはは。まぁ、ボクだってヒロインだからね。後輩二人が頑張ってるのに、ボクだけここに居座ってちゃ、流石に据わりが悪いんだよ。それに――」
「……それに?」
「後輩が頑張ってるのに、先輩のボクが動かないのは格好悪いじゃない?」
そう言って穏やかに笑うレオーネ。
そこには、彼女なりの気遣いを感じられ、千草もまたつられて笑顔になる。
そして、少し罪悪感を感じながらも千草はレオーネに協力を要請する。
「それじゃ、お願いできる? レオーネちゃん」
「うん、任せてよ。あ、でも……」
なにかを思い付いたように言い淀むレオーネ。
それに対して、千草は何かあったのだろうか? と、首をかしげる。
そんな彼女にレオーネは、さらに一つ提案する。
「ボクが新しい怪人の方を担当して良いかな? あの娘たち、前回もあの二体の怪人とやりあってたみたいだし、そっちの方が良いと思うんだけど……」
どこか不安そうな表情を浮かべ、上目遣いで千草を見るレオーネ。
そのどことなく小動物感あふれる姿に、千草はかつての、渚が現れる前にともに戦った時のレオーネの姿を思い出し、思わず吹き出す。
吹き出した千草を見て、レオーネはなんだよぉ、と頬を膨らませる。
それを見てさらに笑ってしまう千草。
そのまましばらく笑っていた千草だが、ようやく落ち着いてきたのか、笑いがおさまるとレオーネの提案を呑む。
「……ふっ、く。ご、ごめんなさいね。……えぇ、それでお願いできる、レオーネちゃん? 二人にはこちらで説明しておくわ」
「……うん、りょーかい。それじゃ、行ってくるよ」
千草に笑われたこと自体は不服だったようだが、そんなことをいちいち気にしていたら仕方ない。と、考えたレオーネは了承の返事をして部屋を出る。
部屋を出た彼女を見送った千草もまた、二人に説明するために通信を繋ぐのだった。