盛周と朱音
渚が恥ずかしさやらなんやらでうめいている頃、バベル秘密基地の一室では盛周と朱音が話し合っていた。
「それで、シナル・コーポレーションの方は順調なのか?」
「はい、盛周さま。何も問題ありません。もともとあの会社は、我らが資金洗浄のために使っていたペーパーカンパニーの一つでしかありませんし、むしろ実態が出来たことで色々と捗っていますわ」
「ならば良いんだがな……」
そう言ってため息を吐く盛周。
そんな彼を心配そうに見つめた朱音は、何かあったのか、と問いかける。
「何かあったのですか、盛周さま?」
「いや、別に問題がある訳じゃあない。ただなぁ――」
そう言いながら、背を伸ばすのように仰け反る盛周。それにあわせて座っていた椅子の背もたれが、ぎしり、と軋む音を鳴らせた。
「どうしてもこの立場だと煩わしいことも多くなる。そう思っただけだ」
「……それは、心中お察しします」
心底疲れた様子で愚痴をこぼす盛周に、朱音自身同じような立場で思うところがあったのか、同意するように慰めの言葉を口にする。
沈痛そうな顔の彼女を見て、盛周は頭をがしがしと掻く。
「すまんな、つまらないことを言った」
そして彼女へ頭を下げ、そのように謝罪の言葉を口にする。
それに慌てたのは朱音だった。
彼女は普段の凛とした表情が崩れ、わたわた、と端から見ると面白く感じるほどに動揺していた。
「頭をお上げください盛周さま! ……なにも、そう、なにも盛周さまには問題はございませんので――!」
「……くはっ、そう慌てることもあるまいに――」
「……うぅ」
普段見せない彼女の様子に、思わず笑ってしまう盛周。
彼に笑われたことから、朱音は恥ずかしいのか頬を赤く染める。
そのまま少し、穏やかな時が流れる。
それが二人の間に流れる空気を優しいものに変え、落ち着かせていく。
そして彼女が落ち着いたのを見計らって盛周は話を進める。
「それで、彼女からなにか連絡はあったのか?」
「……いえ、今はまだ――」
そう言って盛周の問いかけに首を振る朱音。
それを聞いた盛周は。
「……まぁ、便りがないのは良い便り、ともいう。今は信じるとしよう」
「……はっ」
盛周の独り言のような呟きに同意するように返事する朱音。
そして、盛周は改めて彼女を見据え。
「彼女もそうだが……。朱音さん、貴女にも苦労をかける」
バベル大首領としてではなく、彼女に恩義を感じる一人の男として礼を告げる。
もっとも、その言葉を聞いた朱音は――。
「……ふふっ、盛周さま。私のことは呼び捨てでいい、と申しましたのに」
彼から醸し出される真剣な空気を、敢えて払拭するように優しく語りかける。
それがかつての、バベル大首領に就任する前のことを思い出させて、盛周は柔らかく微笑む。
「そうは言ってもな。やはり貴女が俺の恩人なのには代わりない。だから、せめて二人きりの時はそう呼びたいんだよ。何より俺も恩知らずにはなりたくないから、な」
冗談交じりにそう言って肩をすくめる盛周。
そんな彼を見て、朱音もまたくすくす、と笑うのだった。
そうして談笑していた二人だが、不意に盛周へ通信が入る。
それを受けて、二人は普段のバベル大首領と大幹部という立場へ戻る。
「……なにごとか?」
『あぁ、大首領。ちょうど良かった』
「……博士、何かあったのか?」
通信してきた相手は朱音と同じく大幹部、四天王の一人の奈緒であった。
まさか、彼女から直々に連絡があるとは思わず怪訝な表情を浮かべた盛周。
しかし、次に発された彼女の言葉で納得する。
『新しい怪人が完成したよ。それで楓くんも計画の策定を終わらせてるから、いつでも始められるみたいだよ』
「なるほど、了解した。……ちなみに、新しい怪人の名は?」
『新しい怪人の名前? ……うん、そうだね。ザリガニ型の怪人だから、ロブラスターで良いんじゃないかな?』
新たなる怪人の名を聞いた盛周は目を鋭くさせる。
これからがバベルとして、大首領として正念場となる、そう感じて。そして盛周は命を下す。
「では、はじめよう。我らのため、後のための戦いを。博士、楓にも伝えてくれ。襲撃の件、万事任せる、と」
『了解、伝えとくよ』
そう言って奈緒は通信を遮断する。
そして盛周もまた、今まで見せることのなかった、好戦的な笑みを浮かべるのだった。