シナル・コーポレーション
「まさか、そんなことがあり得るんですか……?」
「流石に考えづらいのだけど……」
レオーネが告げた、バベルが改心した。という考えを聞いた千草と渚は否定的な意見を出す。
今までバベルと最前線で戦い、幾度となくしのぎを削ってきた二人にとって、レオーネの告げた可能性はあまりにも荒唐無稽すぎた。
その中で一人、霞だけがレオーネの考えた可能性を熟慮していた。
そして彼女は一つ疑問に思ったことをレオーネに問う。
「レオーネさん、その考えを口にしたということは、何らかの確証があるんですか?」
「ふふっ、良いところに気が付いたね」
そう言ってクスクス笑うレオーネ。
彼女の笑いに、何らかの確信がある。と判断した霞は再び問いかける。
「やはり、何かあるんですね……?」
「それを言う前に、これを見てもらおうかな?」
そう言いながらレオーネは一つの資料を準備する。そして、資料を準備しながら彼女は千草に告げる。
「そうそう、千草さん。この資料もだけど、今回の情報は全部、片倉さんから開示していいって許可もらってるからね」
「ちょっと、それって……!」
レオーネが敢えてそう言ったことで千草は、今から見る情報がかなりの重要であることを理解して顔を引きつらせる。
そんなことはお構いなしに資料を広げたレオーネ。
そして、資料が広げられた以上、見なかったとしても結果は同じ、と判断した千草、それにつられるように渚と霞も資料を見る。
その資料を覗き込んだ渚は不思議そうな声を上げる。
「これ、この間の模擬戦で使われた武装類? えっと、シナル・コーポレーション。これを作った会社なのかな」
「……っ! この、人は……!」
渚が言うように、このシナル・コーポレーションが自衛隊の新型ライフル及び、パワードスーツの製造を請け負っていることが資料で示されていた。……が、霞はそれ以上にこの会社の代表取締役の写真を見て驚愕する。
そこには深紅の髪をロングに伸ばし、髪と同じ色のスーツをまとった、いかにも出来る女を体現した女性の姿が写っていた。
写真越しとはいえ彼女の姿を見て驚愕した霞。
そんな霞を見て、レオーネはおかしそうに笑う。
「ほら、ある意味分かりやすいんじゃないかな?」
「……いえ、でも――」
それでも、目の前の資料が信じられず考え込んでしまう霞。
そんな彼女を見て不思議に思った渚は霞に問いかける。
「……ねぇ、かすみ? この人、知ってるの?」
「……え? えぇ、そうですね。私はこの人を知ってます――」
そして霞は深呼吸して、覚悟を決めると渚と千草に写真に写った人物の正体を告げる。
「彼女の名は葛城朱音。旧バベルで実質的なNo.3、そして、今のバベルで新しい大首領の側近をしていてもおかしくない大幹部よ」
「「……っ」」
霞が告げたバベルの大幹部。そのことを知って驚愕するとともに、先ほど霞があり得ない、といわんばかり驚愕していたことに納得していた。
まさか霞もかつて所属していた組織の大幹部が変装もせずに顔出ししているなぞ、想像の欄外だったことだろう。
「……自衛隊に、鮭延さんたちに伝えなきゃ――!」
いても立ってもいられない、とばかりに部屋を飛び出そうとする渚。
しかし、それは心底つまらなそうにしているレオーネに腕を捕まれることによって阻まれてしまう。
「レオーネさん!」
「……なにを、するつもり?」
「なにを、って……。こんな危険なところのものを使っているなんて危なすぎるから、伝えないと――」
そのままレオーネの腕を振りきり、再び部屋を出ようとする渚。
だが、それは失敗に終わる。
そもそも、彼女がヒロインとしての力を使えるのは、レッドルビーとして変身している時のみ。
普段の彼女は、ただの女子高生でしかない。
もっとも、それでも戦闘経験による熟練した体術で多少なりとも有利に戦えることはあるかもしれないが、それだけだ。
しかし、彼女。レオーネは違う。
彼女は己の才覚、身体能力だけで最強クラスのヒロインに上り詰めた猛者だ。
もちろん、そのため膂力も渚や、得てすれば普通の人間ではない霞をも上回りかねない。
そんな彼女を振りきることなど、今の渚にはとてもじゃないが不可能なことだった。
それでも、彼女が冷静であれば。レッドルビーに変身し拘束を抜け出す、という選択肢も思い付いただろう。
だが、現実では焦りからか、渚はただ捕まれた腕から抜け出そうと躍起になっている。
そのことにため息を吐いたレオーネは――。
「まったく……。少しは冷静になることだね――」
「えっ……。――あ、痛ぁぁぁぁっ!」
腕から解放されることに躍起になっていた渚は、レオーネがデコピンをしようとしていることに気付かず、そのまま真正面から受けてしまう。
そして、デコピンの痛みが襲ってきたことで彼女は受けた場所を抑え、うずくまる。
そのまま彼女はしばらくうめいていたが、ある程度痛みが引いたのだろう。
恨みがましい目で涙をこらえながら、上目遣いでレオーネを見る。
もっとも、そんな状態の彼女に威圧感など一切なく、ただ、ただ可愛らしいだけだったが……。
そんな彼女を見て、レオーネは笑いをこらえながら自身が先ほど言った言葉を再度告げる。
「くくっ、まったく。可愛らしいことで……。それよりも、ボクはさっき言った筈だよね?」
「うぅ……。なんですか……」
「これは片倉さんから伝えて良いと言われた情報だって」
「それが何――――あっ」
頭に血が昇っていた渚は思わずといった様子で反論しようとしたが、その前に正気に戻ったのか、間抜けな声を上げる。
そんな彼女の反応に、レオーネはついに限界が訪れたのか、思わず顔を背ける。
そのレオーネの態度を見て、今さらながら失態に気付いた渚は、顔をかぁ、と赤く染める。
そしてレオーネはネタばらしとばかりに、最後の答え合わせを告げた。
「そう、政府はシナル・コーポレーションがバベルと関係あることぐらい気付いてるよ。それでなお、泳がせてるんだ。……少なくとも、今はまだ装備や技術的に有用だからね」
清濁併せ呑む、というやつだよ。というレオーネの言葉が聞こえると同時に、渚の口から恥ずかしさや痛みなど、色々な感情がごちゃごちゃになったうめき声が響くのだった。