出会い……?
逃げるように下駄箱に来た渚は、バクバクと激しく脈動する心臓を落ち着かせるように胸に手を置く。
「はっ、はっ……、はぁぁ――」
そして、落ち着かせるため息を吐いた渚は下駄箱にもたれかかる。
彼女の顔は緊張と恥ずかしさから紅潮し、僅かに汗もかいていることから、常から感じる元気よさが鳴りを潜め、妙な艶かしさを感じさせる。
「チカくん、急すぎるよぉ……」
そう言う渚の脳裏に思い浮かぶのは、先ほど自身の手を握った盛周の、思ったよりもゴツゴツとした掌の感触。
盛周に手を握られるのは初めてではない。ないが、今日は何故か、とても気になってしまった。
楓に、担任に二人きりの時の姿を見られたからか、それともレオーネに盛周の、想い人のことを話したからか。
普段よりも、盛周のことを意識しているのが分かった。
もっとも、それがいや。という訳ではなく――。
「……ふふっ」
どきどきとした高揚感が気持ち良い。
もし、ここが学校ではなく、そして人がいないのであれば一目散に走り出して、叫びたい衝動にかられただろう。
――私はチカくんが、世界で誰よりも大好きなんだ、と。
そう、妄想して頬を緩める渚。
だが、そんな彼女の耳に日頃からよく聞いた、そしてこれからももっとよく聞きたい声が聞こえてくる。
「――おい、なぎさ。急にどうしたんだ?」
「……チカくん」
おそらく自分が逃げ出してから、すぐに追いかけて来てくれたのだろう盛周の姿。
その姿を見て、渚は、心の中に暖かい気持ちと――。
――そして、少し仄暗い喜びを抱く。
彼が自身を大事に思ってくれていることに暖かさを、そして、そんな彼の気持ちが霞ではなく自分に向いていることに喜びを……。
そも、霞は隠しているつもりだろうが、彼女が盛周について何かを想っていることは分かっている。
それが、恋心なのか、それとも別の感情なのかまでは判断がつかない。
それでも、彼女のふとした仕草から盛周に対して特別な感情を抱いていること自体は分かるのだ。
なぜなら、自身もそうなのだから。
だからこそ同類の気持ちを想像するのは容易い。
もちろん霞は親友で、盛周は幼馴染みで、三人で仲良くしたい、という気持ちは強い。だが、だからといって、それとこれとは話が別。
渚にとって彼は幼馴染みである以上に、大切な、本当に大切な想い人なのだ。
そんな人は、たとえ親友であっても、否。親友だからこそ譲りたくない。
彼は自身のもっとも大切な幼馴染みだから。
「おい、なぎさ。本当に大丈夫か?」
「――えっ? あっ、うん。大丈夫だよ、大丈夫」
考え事をするあまり黙り込んでしまった渚。
それを心配した盛周が再び話しかけたことでようやく正気に戻った彼女は安心させるように答えた。
「……そうか? なら良いんだか」
「うんうん、私は大丈夫だから、安心して? チカくん」
そう言うと渚は微笑む。
その表情を見て、盛周はようやく普段の彼女に戻ったと安堵を覚えた。
「そうか……。なら、帰ろうか。一緒に帰るんだろ?」
「……うん!」
盛周の言葉に頷くと、渚は待ちきれないとばかりに彼の手を取る。
そのことに苦笑する盛周。
そして二人は学校を後にするのだった。
「――だったんだ、チカくん」
「そうか、楽しかったのか?」
「うんっ!」
楽しげに声を弾ませながら雑談する二人。
特に渚にとって盛周と帰るのは、お互いの用事などで機会が出来ないこともあって、久しぶりのことであった。
だからこそ、彼女はこれまでの時間の埋め合わせをするように盛周へ話しかけていたのだが――。
「――ああ、こんなところにいたんだ。探したよ?」
「……え?」
不意に聞こえてきた声に驚く渚。なぜなら、その声の主は――。
「――レオーネ、さん?」
彼女と同じヒロインであり、歴戦の猛者であるレオーネだった。
彼女の急な登場に驚く渚。だが、当のレオーネは彼女の楽しそうな姿と、そして隣にいる盛周の姿を見て、楽しい時間の邪魔をしてしまったかな。と少し顔をしかめる。
「……はは、ちょっとボクはお邪魔虫だったかな?」
「……いえ、別にそういう訳じゃ――」
「なぁ、なぎさ。こちらの方は?」
レオーネの自虐的なジョークにどう返答するか悩む渚だが、そこで聞こえてきた盛周の問いかけで、そういえば二人は初対面だった、と思い返す。
もっとも、レオーネに関しては今の楽しげな様子と、盛周が男だということもあり、以前聞いた渚の想い人だということは理解していた。
レオーネの、いかにも理解しています。という顔を見て、顔を赤らめながら彼女を盛周に紹介する。
「えっと、チカくん。この人はレオーネさん、私の――同僚、みたいな人、かな?」
「そっか、えっと……。はじめまして、レオーネさん」
「うん、はじめまして。チカくん? 君が池田盛周くんかな?」
「え、えぇ。そうですが……」
初対面のレオーネの口から、自身の名がでたことを不思議がっていることが可笑しかったのだろう。
盛周の困惑した返事を聞いてクスクスと笑うレオーネ。
レオーネの楽しそうな姿に、渚は嫉妬したように頬を膨らませる。
そんな彼女を見てさらに可笑しくなったのか、ついには涙をにじませるほどに笑うレオーネ。
そして一頻り笑って、やっと落ち着いた彼女は本題を切り出す。
「……あ~、笑った。それでなぎさちゃん、少し時間良いかな?」
「……はい?」
「ちょっとあっちの方で、ね?」
そこで少し言葉を濁らせるレオーネ。部外者が近くにいることで、ヒロインとしての話題を出すことを躊躇したのだろう。
特に彼女は以前、盛周を守るためにヒロインをやっているという渚の言葉を思い出して配慮していたのだ。
彼女の配慮に気付いたのだろう。渚もまた、少し申し訳なさそうな顔になる。
そして彼女の顔に、少なくとも断るつもりはない。と、理解したレオーネは、今度は盛周に話しかける。
「ごめんね? ちょっとなぎさちゃんを借りていくね?」
「は、はぁ……」
「チカくんごめん! ちょっとレオーネさんと話すことがあるから、先行くね! それじゃ、バイバイ」
盛周に申し訳なさそうな謝罪をし、別れの挨拶をした渚はレオーネと去っていく。
それを盛周は何とも言えなそうな顔で見送るのだった。