実力
まさかのレオーネの登場に驚いていたアクジロー。しかし、同時にこれは好機でもあった。
なぜなら、今この場にヒロインが三人。それもそのそれぞれが最強格と言える人物たちばかりだ。
その彼女らと戦えるということは、これまで以上にフツヌシ、零式起動甲冑の実戦テストとしては有用である、ということ。それに――。
『……まさか、だな。いや、むしろ僥倖と言うべきか』
大太刀、タマハガネを構えながら告げるアクジロー。
そんな彼の様子にレオーネは、くすくす笑うと己の武器を、投げナイフではなく棒状のものを構える。
その武器、見た目だけを見ればサファイアの武装であるブルーコメット。それの初期状態に似ていた。しかし、ほどなく変化が起きた。
先端の部分より刃が、弧を描き生えてきたのだ。
それを見たものはこう言うだろう。
死神の鎌、だと。
それが本来の彼女の武器。隠密に特化した投てき用のナイフ、そして高速で強襲し鎌を使うことによる暗殺が彼女の基本スタイルだった。
むろん、だからといって直接戦闘が苦手。ということはない。
そうであれば彼女が最強格のヒロインなどと言われることはなかっただろう。
彼女の強さ、それは――。
「それじゃ、いくよ?」
その言葉とともに音もなく消え去るレオーネ。そして次の瞬間。
――フツヌシの装甲越しに甲高い、金属が擦れる音と、さらには火花が散る。
『……ぐ、ぅ!』
彼女の一番の武器、それはスピード。
レッドルビーがサイキックエナジーを使った火力偏重の戦い方をするように、ブルーサファイアがブルーコメットの変形による変幻自在の戦い方をするように。
彼女はその自慢のスピードによるトリッキーな、一撃離脱戦法を得意としていた。
「ほらほら、次々いくよっ――!」
蝶のように舞い、蜂のように刺す。というにはあまりにも荒々しい、さながら嵐のような連撃を加えるレオーネ。
アクジローは、それに反応することが出来ず胸や背中、あらゆる場所から火花を散らす。
『……!』
それにひたすら堪え忍ぶアクジロー。しかし、それは反撃を諦めたから、ではない。むしろ――。
「これで……!」
『――見切ったぞ!』
最後の総仕上げとばかりに攻撃したレオーネに合わせるようにアクジローを刃を振るう。
大太刀の刃と鎌の刃が交差し、三度火花が散る。
しかし、それは今までのレオーネ有利のものではなく――。
「……うそ」
まさか、自身のスピードに対応できるとは思わず、目を見開くレオーネ。
そして、その隙を見逃すほどアクジロー、盛周は甘くない。
『捕った、ぞ――!』
そのままアクジローはタマハガネを弧を描くように掬い上げ、刃を絡ませることでレオーネのデスサイズを弾き飛ばす。
「しまっ……!」
そうして彼女の武器を排除したアクジローは、これまでのお返しとばかりに一気呵成に攻め立てようとして――。
「……なんて、ね」
『ぐぉっ……!』
――衝撃。
頭部に凄まじい衝撃を受けたアクジローはたたらを踏むことになる。
そして、その近くには脚を高く上げたレオーネの姿。
そう、彼女はアクジローが攻撃に転じるために意識を切り替えた一瞬の隙をついてハイキックを叩き込んだのだ。
しかし、なぜルビーの、単純な火力だけでいえばレオーネより優れた彼女の攻撃が通らず、レオーネのハイキックに効果が表れたのか。
それには二つの理由がある。
まず一つ目、これは単純だ。
もともと、脚の攻撃は拳の攻撃に比べて約三倍の威力があると言われている。
これの理由については少し考えれば分かるだろう。
そも、脚は人間の全体重を支える部位だ。ゆえに、他のどの部分よりも筋肉が発達しやすい。つまりそれだけ威力が上がりやすい、という意味にもなる。
そして、もう一つ。
それは彼女のスタンス。つまり高速戦闘を多用するということだ。
当然ながら、そう言った行動をするなら瞬発力や身体のバネなど、色々な要因が必要になる。
もちろんその中には脚力などもある訳だが、今回の攻撃の場合はそれらの複合。
脚をバネでしならせ、さながら鞭のように扱い、さらに自身の脚力で補強。
フツヌシの装甲を浸透するように衝撃を内部、盛周へ届くように叩き込んだのだ。
それでも、フツヌシがもともと持つ衝撃緩和能力が高かったことが幸いし、盛周に対する致命的なダメージには至らなかった。
これが、もし、もう少しでも性能が低ければ何らかのダメージを、最悪の場合戦闘不能になっていた可能性すらある。
『……ここまでとは』
まさか、武器を失った筈の相手にこれだけの痛撃をもらうと思っていなかったアクジローは感嘆の声を上げる。
それにレオーネは油断こそしていないが、誇らしげに返す。
「当然っ、ボクを甘くみないでよね」
そのまま睨み合う両者。
しかし、その時間は長く続かなかった。
アクジロー、盛周がタマハガネを鞘に納めたのだ。
そのことに訝しげな表情を浮かべるレオーネ。
「……どういうつもり?」
『最低限の目標は達した。ここは引かせてもらう』
「……逃がすとでも?」
アクジローの撤退を示唆する言葉に、レオーネはそう問いかける。
その言葉に、アクジローはくつくつ、と笑って答える。
『むろん、続けても良いが――。だが、その脚で先ほどと同じように戦えるかな?』
そう言って彼女の脚を見るアクジロー。
そこには、僅かに痙攣している脚を必死に隠そうとしている彼女の姿がみてとれた。
そう、なにもダメージを負ったのはアクジローだけではない。
レオーネもまた先ほどのハイキックで多少なりともダメージを負っていたのだ。
これがもしレッドルビーならサイキックエナジーを脚にまとわせることでダメージを軽減、ないしは無効化出来たかもしれない。
しかしレオーネ、彼女にはそのような特殊能力はない。
すべて己の身体能力のみで補っていたのだ。だからこそ硬すぎるものを攻撃すれば己の身に帰る反射ダメージを受けることも当然あり得る。
そして今回、その当然が起きたのだ。
むろんレオーネの――アクジローもであるが――受けたダメージは一時的なもので、ほどなく回復するだろう。
だが、その間の戦闘では致命的な隙となりかねないのもまた事実。
その点を突かれたレオーネは口ごもる。それを否定できるだけのものがなかったからだ。
そんな彼女の変わりにルビーが声を上げる。
「待ちなさい――!」
だが、それは他ならぬレオーネによって制止されてしまう。
「……きみ、レッドルビーだったね。焦っちゃ駄目だよ」
「――! でも……!」
「それに、それなりの時間戦ってるのに、応援が来ないの、おかしいと思わない?」
「……! まさか――」
レオーネの問いかけに一つの可能性へたどり着き絶句するルビー。
彼女が思い至った可能性。彼らが囮で駐屯地にさらなる敵が現れた可能性だった。
それを見てアクジローは、今度こそ撤退を開始する。
『……では、また会おう。行くぞ』
「「はっ――!」」
その言葉を最後にアクジローと怪人たちは空を飛び去っていく。
それをルビーとサファイアは悔しそうに見送り、レオーネは。
「……まぁ上々、かな」
と、呟くのだった。