アクジロー
ガスパイダー、サモバットの怪人二体は通信によって要請されていた採石場に止まっていた。
しかし辺りを見回しても廃棄された採石場そのもので罠が仕掛けられた様子も、増援が待機している様子もない。
「いったい、どういうことだ……?」
「さて、少なくとも我らを謀る必要はない筈だが……」
採石場の様子に訝む二体。事実、バベルとしても怪人二体を捨て駒にするのは色々な意味であり得ない。ならば、何らかの布石を打っている筈なのだが、それが何なのか怪人たちには予想できなかった。
そんな怪人たちの思考をさておき、彼らを追ってきたヒロイン二人がようやく追い付いたようで、相対するように地面に降り立つ。
「――追い付いた! ここで決着を……」
「待ってください、ルビー」
「ちょ――」
決着をつける、と意気込んでいたレッドルビーだが、それを相棒である筈のブルーサファイアに止められる。
その結果、彼女に止められる直前まで前に進もうとしていたルビーは前に転けそうになる。
そのことに文句を言おうとするルビー。
「ちょっと、サファイア。急に何なの……?」
「……おかしい」
「……えっ?」
「だって、そうじゃないですか。逃げるのならここで留まる必要はまったくないのに……。――まさか!」
そこでサファイアはようやく自分たちが誘き寄せられたことに気付いたのだろう。先ほどよりもさらに警戒の色を滲ませる。
「嵌められた……! でも、それにしては――」
目の前にいる怪人以外に敵の気配がない。そう思っていたサファイアと、彼女のとなりにいたルビーに影が差す。
急に周囲が暗くなったことで上を見上げる二人。――そこには巨大な人型の影が迫ってきていて……。
『ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ――――!』
その人影は手に巨大な物体を握り、大人にも、子どもにも、男にも女にも聞こえる不思議な声を発して、大太刀を二人目掛けて振り下ろしてきていた。
それを咄嗟にブルーコメットで防御しようとするサファイアだったが。
――瞬間、冷たい。吐き気すら催す悪寒が背中を駆け巡る。
それを感じた瞬間、サファイアはルビーを範囲外に蹴り飛ばすと同時に、己も防御から回避行動に移行する。しかし、それでも間に合わず、相棒たるブルーコメットは攻撃範囲内で――。
――辺り一帯に轟音が響き渡る。
それと同時に地は砕け、クレーターを生み出すとともに周囲には岩の槍とでもいうべきかつて地面だったなれの果てが捲り上がる。
そして、それから数瞬遅れ、カラン。と軽い音が響く。その音の正体は――。
「……まさか、絶ち斬られた――!」
そう、その正体はブルーサファイアの武装。ブルーコメットの破片。退避が間に合わなかったブルーコメットは、人影の攻撃を受け、耐えきることが出来ず、そのままサファイアが言うように絶ち斬られてしまったのだ。
そのことに驚き取り乱しそうになるサファイア。
仮にもブルーコメットもバベル製、いかに二年前の旧式とはいえ当時の技術の粋を結集した作品なのだ。
それはバトロイドの武装や、当時の怪人たちとは比べるべくもなく、武器破壊など夢のまた夢。それほどの性能を誇っている。
……そんな武装が破壊された。それは即ち、ブルーサファイアよりも、かつてのバベル最高傑作よりも上の物が開発された、という事実に他ならない。
確かに二年もあれば新型が開発されるのは道理だろう。ただ、それはあくまで組織が無事な場合だ。
かつてレッドルビーと、そして裏切り者のブルーサファイアの手によって壊滅状態に追い込まれたバベルにそこまでの余裕があるのか?
本来ならない筈だ。しかし――。
そこまで考えたサファイアは下手人の姿を確認する。そこには、2メートルから3メートルはあろうかと見える甲冑武者が、大太刀を振り下ろし、地面を砕いている姿があった。
それを見たサファイア、そして彼女に蹴り飛ばされて体勢を崩していたが、ようやく立て直したルビーは、バベルの新兵器かと考える。
しかし、次に怪人たちから出た言葉に二人は驚愕することになる。
「「だ、大首領――!!」」
「……えっ!」
「何ですって……!」
怪人たちの言葉を信じるなら、あの甲冑武者は新たなる大首領。倒すべき敵の首魁。ならば、目の前の甲冑武者を倒せば――!
「……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「――ルビー!」
目の前にいるやつさえ倒せば世界は、日本は平和に。大切な幼馴染みが、チカくんの命が脅かされることはなくなる。
それだけを思ったルビーは、サファイアの制止を振り切り攻撃を仕掛ける。しかし――。
「……たぁぁぁぁっ!」
神速の踏み込みによるブロウ、からのストレート。そのどちらともが、予想していたとばかりに少し足を引くことで回避される。さらには――。
『……ぬるいっ!』
「――ぐっ、……きゃあっ!」
彼女のストレートに合わせるように大きな鉄製の掌で拳を包み込む。そしてそのまま握り込むと、勢いを殺さず引き、同時に身体全体を動かしてダンスをするように回転。
そして、自身が二人のヒロインに挟まれるような状況を作り出すと、後方にいるサファイアに向かって投げ飛ばす。
「……ちょっ!」
急に投げ飛ばされてきたルビーに驚くサファイアだったが、何とか彼女をキャッチすることに成功する。
もっとも、その時の衝撃が胸に伝わったのか少々咳き込んでいたが……。
「……っ、ごめん。サファイア」
「大丈夫ですか、ルビー?」
「うん、私は大丈夫。それよりも――」
サファイアを安心させるように笑みを浮かべていたルビーだが、甲冑武者へ振り向くと敵愾心のこもった瞳でにらむ。
そして、即座に倒すことは不可能だと判断した彼女は、少しでも情報を得るため甲冑武者へ問いかける。
「……貴方は、何者なの?」
『何者、何者か……』
彼女の問いかけに、甲冑武者は大太刀を鞘に収めながら答える。
『俺はガスパイダーたちが言うようにバベル大首領だが、そんなことを聞いている訳ではあるまい? ……ゆえにこう答えようか。俺の名はアクジロー。そう、アクジローだ』
「あく、じろー……?」
少なくとも、今の会話で分かったことが複数ある。
まず、一人称が俺ということで大首領が男の可能性が高いこと。そして、こちらに嘘をつくつもりがなさそうなこと。最後に――。
「あく、じろう。なんて巫山戯てるの――!」
ルビー、渚は彼の名乗りから【あく=悪】【じろう=二代目】という言葉遊び。つまり自身が二代目大首領である。という顕示欲だと判断した。そして、それが同時にお巫山戯だとも。
そのことに少し、苛立ちを募らせるルビー。
しかし、そんな彼女の心情を察したのか、アクジローと名乗った大首領、即ち盛周は告げる。この名はお巫山戯でもなんでもない、と。
『巫山戯てなどいない。この名は我が信念、我が願い。俺の根幹に根差すものだ、侮らないでもらおうか――!』
その言葉とともに彼はレッドルビーへと駆ける。それが第二ラウンド開始の合図であった。