出陣
レッドルビー、ブルーサファイア両名が自衛隊員と協力して怪人たちに逆襲を始めた頃、モニター越しにその動きを見ている者たちの姿があった。
「……ふむ、やはり厳しいか」
「も、申し訳ありません」
見ている者たち。
それは盛周であり、襲撃の発案者の楓。即ち、バベルの関係者であった。
彼らはバベルの司令室で襲撃開始時から事の趨勢を見守っていたのだ。
バベル関係者たちも最初の方は安心して、というよりも嬉々とした様子で見ていた。
それもそうだ。今まで散々邪魔をしてきたヒロイン二人相手に――もしかしたら勝つのでは、と思うほどに――善戦していたのだから。
だが、彼らにとって予想外だったのが自衛隊員の活躍だ。
今まで戦闘員クラスであるバトロイド相手に苦戦していた組織が、まさかあれほどの戦闘力強化を、ましてや怪人相手にダメージを与える武装すら開発できるなどとは夢にも思わなかったのだから。
それがいくらバトロイドが使用しているライフルを解析したとしても、だ。
そもそもバベルは表の世界とは隔絶した科学力を保有しているのだ。
そんな組織が開発した武装を解析したところで、本来は【なにも分からなかった、ということが分かった】となるのが普通だ。
例え話になるが、火縄銃しか作れない世界にアサルトライフルを持ち込んで解析させ、さあ作れ。といったところでそれが可能か?
どう考えても不可能だ。
ある意味極端な例えだが、意味合い自体は間違いではない。だが、自衛隊はそれを成し遂げて見せたのだ。
それを見せられた彼らの驚愕はいかほどのものか。
特に楓としては、盛周の、大首領の前で面目を潰されたに等しい。事実、彼女は腸が煮えくり返っているようで、歯軋りが聞こえそうなほどに食いしばっている。
そんな彼女を見て、盛周は表面上平静を装っているが内心嘆息していた。
いくら二体の怪人がパワーアップしていても、それはあくまで微々たるもの。
流石にヒロイン二人を相手に完勝できるほどの向上は見込めない。
しかも、件の新型パワードスーツのこともある。今回の主な目的はそちらの性能評価であり、あくまでヒロイン二人はオマケ。あわよくば倒せればいい、程度のものでしかない。
……まぁ、盛周としても今回判明したパワードスーツならびに、ライフルの性能は想定の上をいっており、個人的には喜ばしいものなのだが。
しかし、それはそれとしてこのまま怪人たちが撃破されるのをただ眺めている。というのは面白くない。ならば、どうするか。と、少し悩む盛周。
そこで彼はもう一つ、テストをしなければならないものを思い出す。
さいわい、あそこにはヒロイン二人に自衛隊員たちと、テストするだけなら事欠かない目標がいる。……もっとも、盛周からすると、自衛隊員たちに関しては役者不足な感が否めないのだが。
ともかく、盛周は思い立ったら吉日とばかりに、同じく一時始終を眺めていた奈緒へ問いかける。
「博士、零式の起動に問題はない筈だったな?」
「うん? あぁ、大丈夫だけど、それが――まさか、大首領。往くつもりなのかい……?!」
問いかけられた最初こそなぜそんなことを、と不思議がっていた奈緒だったが、盛周の思惑に気付き、顔をひきつらせる。
「ま、待ちたまえよ――! いくらなんでもそれは容認できないよ! 危険すぎる!」
「何故だ?」
「いや、何故だもなにも、起動も戦闘も行えるのは確認済みだよ。でも、相手はレッドルビーにブルーサファイアだ! 今までの模擬戦闘や仮想シミュレーターとは訳が違う!」
そう烈火のごとく反対する奈緒。流石の彼女としても、試すことはあるとはいえ盛周を、大首領を最前線に送り出すことは躊躇せざるを得ない。
特に先代はそれが原因で戦死しているのだからなおさらだ。
だからといって盛周も、はいそうですか。と止まるつもりは毛頭ない。
そんな彼の考えが手に取るように分かった奈緒は、彼を抑えるためにも、悲鳴のような声で朱音へ声をかける。
「ち、ちょっと朱音! 大首領がご乱心だよ、止めないと――!」
しかし、そんな奈緒の悲痛ともいえる叫びに対して同じく成り行きを見守っていた朱音は――。
「……よろしいのですね、盛周さま」
「あぁ、もうそろそろ時計の針を一つ進める頃合いだ」
奈緒の懇願を無視するかのように盛周へと語りかけ、盛周もまたそれに答える。
そのことで、今回のことがまた既定路線であったことに気付く奈緒。
それでも、と言い縋ろうとする奈緒。しかし、その前に盛周は決定的な一言を告げる。
「……たしか、そう。近くに大規模戦闘をしても問題ないスペースがあった筈。ガスパイダーとサモバットへ二人をそこまで誘い出すように命令を出せ、最優先だとな」
その言葉で俄に騒ぎ出す面々。それは言外に大首領命令である。ということだからだ。
盛周は、騒がしくなる周囲を気にすることなく朱音へ声をかける。
「では、後は任せる」
「……はっ、ご武運を」
「……あぁ」
そのまま司令室を去る盛周と、それを見送る朱音。
その後、盛周の耳に奈緒の怒号が聞こえた、ような気がした。
「盛周さま。準備はよろしいですか?」
「あぁ、問題ない」
全身を鉄塊に覆われ、少し息苦しさを感じていた盛周だったが、眼前の疑似モニターに映る朱音からの問いかけに、そう答える。
……正直、不安はある。恐怖もある。
相手は大切な幼馴染みにして、歴戦の勇者。レッドルビー。そしてその親友のブルーサファイア。
彼女たち相手に太刀を振れるのか、斬ることが出来るのか。
ただ、これは盛周にとって必要な儀式。
二代目バベル大首領として、父親の覚悟を引き継ぐ者として。
だからこそ、ここから逃げるわけにはいかない。だからこそ、覚悟が必要なのだ。
不退転の、そして非情になる覚悟が――。
盛周は深呼吸をして気を落ち着かせると、己を奮い立たせるように言霊を紡ぐ。
「では、往くとしようか。バベル大首領として、零式起動甲冑――いや、フツヌシ出るぞ!」
そう言って彼は格納庫から、蒼穹の空へと飛翔するのであった。