英雄
庭月にとってレッドルビー、ブルーサファイア両名は、ともにバベルを撃退してきた戦友であり、彼女らの力は理解しているつもりだった。
しかし、庭月はその認識が正しくつもりでしかなかったことを身をもって知ることになった。
レッドルビーが地面を力強く踏み込むと、さながらシャベルで土を掘り出すがごとく地が抉れ、その反動で、仲間の一人へ接近。
「はぁっ――!!」
彼女の拳撃を受けた隊員は、悲鳴を上げる暇もなく地面に対して平行に飛翔する。
そのことからも、彼女の拳がどれ程凄まじい衝撃を放っているかが分かるだろう。
しかも彼女は今、PDCを、超能力を使用していない。
即ち、彼女は素の能力――一応、変身したことで多少身体能力は向上している――で今の光景を成し遂げたのだ。
もっとも、逆説的にそれほどの力がないと怪人を打倒するのは不可能、ともいえるのだが……。
そして飛翔した件の隊員は、地面に落下すると一回、二回とバウンドして砂煙を上げながら地面を転がり、落下地点から約10メートル先で停止する。
控えめに言って大惨事だった。
その証拠に、他の隊員たちや、何よりブッ飛ばした本人であるレッドルビーの視線が集中し、まるで時が止まったかのような状態になる。
そしてレッドルビーがしまった、と言いたげに口を開く。
「やっば……。力加減、間違えた……?」
事実、やりすぎたことを理解した彼女の顔は少し青ざめている。
もっとも、今回のことは一概に彼女のせいだけとはいえない。
なぜなら隊員たちが着ていたパワードスーツ。それに衝撃が阻まれたのを感じ取ったレッドルビーが無意識にさらなる力を込めてしまった。というのがことの真相であり、つまりある意味パワードスーツの性能が良かったことが、今回の惨劇に繋がったのだ。
なお、件の隊員はあれほどの惨劇に見舞われたにも関わらず、怪我すら負っていない。……もっとも、意識の方は耐えきれず気絶しているようだが。
だが、それでも隊員が無事であることに安堵するレッドルビー。
流石に訓練中に不慮の事故、というのは勘弁願いたいというのが本音だろう。特に彼らとはともに幾度となく戦場を駆けた戦友なのだから。
そして、レッドルビーと同じく隊員の無事を確認した鮭延は隊員たちに指示を出す。
「第一分隊、弾幕を張れ! ――庭月! 第二分隊は彼の回収を優先。その後、援護を!」
「……了解、小隊長殿! 第二分隊、いくぞ!」
『――はっ!』
鮭延の号令後、部下たちはレッドルビーやブルーサファイアの足止め。行動を邪魔するために弾幕を張るグループと、気絶した隊員を救助するグループに別れる。
そして結果的に弾幕にさらされることになったレッドルビーはというと……。
「う、わぁ……!」
今まで使っていなかった超能力、サイキックエナジーを薄い幕として前方に展開。即席のバリアとする。
しかし、いくらバリアで防げるとはいっても、あまりの弾幕の厚さにその場に足止めされてしまう。
そして同じように弾幕にさらされたブルーサファイアはある意味もっと悲惨だった。
「……くっ、流石にこうまで厚くては――!」
レッドルビーのように超常の力を持たない彼女は弾幕の雨を防ぐ方法がなく、ひたすら回避を余儀なくされる。
それでも一度も被弾することなく、ひらり、ひらり、と蝶が舞うように避け続けるのは英雄の面目躍如だろう。
だが、その中でサファイアは弾幕に一定の法則性があることに気付く。
「ふっ――。っ、弾幕の途中にっ……! 妙に途切れる時間が――そうか!」
彼女が気付いた法則。それは弾幕が一定間隔で途切れる、という法則だった。そしてその原因もすぐに理解する。
――ライフルの装弾数だ。
本来、ライフル――今回の場合、アサルトライフルとなるが――の装弾数は30発。しかし、今回彼らが使用しているライフル。バトロイドが使用している物のコピー品の弾数は10発と、本来の1/3しか装填できない。
これは別にデッドコピーだからという訳ではなく、単純にバトロイドが使用しているライフルが大口径だから、弾自体も大型化。結果的に装弾数も低下する、という事態に陥っていた。
なら、小口径に改造すればいいじゃないか、と思うかもしれない。
しかし、それは悪手だ。
なぜかというと、本来兵器は鹵獲対策として自身の兵装では撃破できないように設計されている。
即ち、本来であれば今回使用しているコピー品のライフルではバトロイドを撃破するのは難しい、筈なのだが。設計ミスか、あるいは別の思惑があるのか、バトロイドにもある程度のダメージが与えられるだけの攻撃力を持っている。
しかし、それもあくまで今の口径での話だ。
これ以上小口径化するとバトロイドにダメージを与えるのが難しい、という試算が出ている以上その様な選択肢はとれない。
むしろ、その選択をするのであれば今までの装備で十分。という判断が下されても不思議ではない。
その判断が下されていない時点で、上も憂慮している、多少の弱点ができてもこちらの方が有益である、と判断したということだ。
さらにいえば、今後の技術革新で装弾数を増やせる、という展望がある可能性も考慮しているのだろう。
それが事実に基づくことなのか、ただの捕らぬ狸の皮算用なのかはわからないが……。
その様な理由で採用されたライフルだが、将来はともかく、現時点で弱点があるのは変わらない。
そして、戦いであるなら弱点をつくのはセオリーだ。
「――ここ!」
サファイアは、一瞬弾幕が途切れる瞬間を見極めると、ブルーコメットをライフルに変形。
お返しとばかりに隊員たちのライフルを狙撃していく。
もちろんブルーコメット自体も模擬戦用の非殺傷設定になっているが、当然ながら破壊判定や戦死判定は出る以上問題ない。
そうやって攻略法を見つけた二人は、ルビーがディフェンス、サファイアがオフェンスとして少しずつ、少しずつ隊員たちを撃破していくのであった。