戦友
約一週間前、千草に頼み事という名の相談を受けた渚と霞はとある場所を訪れていた。
その場所とは、陸上自衛隊立塔駐屯地。
この頃、というよりも渚がレッドルビーとして活動してから何かと世話になっている部隊が所属している駐屯地だった。
そこにそれぞれレッドルビー、ブルーサファイアとして訪問していた二人はとある一室へ案内される。
そこで来客用の茶菓子で持て成しを受けていた二人、特に渚は手持ちぶさたになり、きょろきょろとあちこちを見回している。
そんな渚を霞は苦笑を浮かべてたしなめる。
「ほら、レッドルビー。あんまりそんなことをしてるとはしたないですよ?」
「うぅ……。でもサファイア。でも、なんか落ち着かなくってぇ……」
霞にたしなめられた渚は不安そうな顔になっている。確かに渚はレッドルビーとして幾度となく自衛隊と共同戦線を張っていたが、それはあくまでも善意の協力者という立場で、だ。
その証拠に、渚は今まで自衛隊の基地へ出入りしたこともないし、小隊の指揮官以上の地位にいる人物とも面会したことはない。
なお、霞に関しては同じ政府直属の組織、バルドルの司令である南雲千草の養子という立場と、渚とは違い、きちんとバルドルに所属しているということもあり、何度か駐屯地に出入りしている。
だからこそ渚相手にたしなめる、といった余裕があるのだが。
そのようにきゃいきゃい、と霞が渚の緊張をほぐす意味でも雑談に興じていたのだが、不意に部屋の扉がノックされる。
その音に驚いたのか、渚は肩をびくつかせ、霞は待ち人が来たことを察する。
「はい、どうぞ」
霞の言葉を聞いた人物は、扉を開けると申し訳なさそうにしながらも人好きのする笑みを浮かべて中へ入ってくる。
「いやぁ、申し訳ない。お待たせしました」
その男を見て渚は驚きの表情をみせる。なぜならその顔に見覚えがあったからだ。
「あれ? 鮭延さん……!?」
その男の名は鮭延秀隆。渚と霞、つまりレッドルビーとブルーサファイアとよく共闘する小隊の小隊長だった。
渚としては、駐屯地の幹部クラスとの面会となるかもしれない、と戦々恐々していたところに顔見知りが来たことで、少しホッとしていた。
もっとも、次に出てきた鮭延の言葉で再び緊張を強いられることになる。
「いやぁ、本来は最上司令が来られる予定だったんだけどね」
「……ひぅっ!」
鮭延が発した最上司令という言葉にくぐもった悲鳴を上げる渚。
彼が発した名前を、ここで待機中に霞から聞いていたからだ。
――最上安俊。
ここ、自衛隊立塔駐屯地の実質的な司令官であり階級は一等陸佐。ちなみに鮭延の階級は一等陸尉となる。
そんな大物がここに来る予定だったと聞いて、渚は緊張のあまり変な声を上げたのだ。
まぁ、平時は学生の立場である彼女からすると、担任や生活指導員を飛び越え、いきなり校長直々に呼び出された。と考えるならばさもありなん、という話ではある。
もっとも実際にはそれ以上。市の教育委員会、もしくは市長クラスに呼び出された、と考えるのが適当なのだが……。
とにもかくにも、そういったことから緊張から少し顔を青くしていた渚。
だが、鮭延はそれなりの付き合いから彼女がそうなることを予想していたのだろう。苦笑を浮かべるとあくまで予定であって、実際にここには来ないことを告げる。
「はははっ、まぁ、なぎささんがそうなるだろうと思って、司令には事情を説明して今回は見送っていただいたんだよ」
「あぁ、それで。最上司令がご一緒じゃないんですね」
「うん、そういうことだね」
そう言って微笑ましいものを見るような視線を渚に向けながら二人は話している。
特に鮭延はどこか残念そうな、少し罪悪感を感じているような表情を浮かべ、小さな声で独りごちる。
「……特に司令は二人のふぁんだからなぁ。今回、はじめてなぎさちゃんに会えるのを楽しみにしてたみたいだし、少し罪悪感が……」
「……まぁ、こればっかりは、ですね」
そう言って鮭延と霞。二人は互いに顔を見合わせ苦笑を浮かべる。
最上の人となりを知っている者として不憫に感じているのだろう。実際、霞もはじめて会った時は緊張していたものの、最上の意外と気さくな、というよりも愉快な性格であっという間に馴染めたのだから、その感覚はひとしおだ。
はっきりと言ってしまえば最上と渚の相性はかなり良いとすら思っている。
それ故に、今回面談が叶わなかったのは残念にすら思っていた。
だが、いまはそんなことを考えても仕方ない。
まずは、今回ここに来た用事を済ませるべきだと思い、鮭延へ声をかける。
「それで鮭延さん。今回、新型パワードスーツのテストだと伺いましたが?」
「あぁ、そうそう。そうなんだよ。そのテストに君たちの力を借りたいんだ。今から案内するよ」
そう言って二人に着いてくるように促す鮭延。
そんな彼の先導に、二人もまた続いて部屋を後にするのだった。