零式起動甲冑
先週の、サモバットから始まったバベルの破壊活動は、テレビで報道されたダンゴバックラーとレッドルビーたちとの戦い以降、再び鳴りを潜めていた。
もっとも、行政は前回の教訓――サモバットによる休日の襲撃――を生かして、厳重なる厳戒態勢を敷いている。
事実、街中を武装した警官が巡回パトロールしていることからも、彼らの意気込みが伝わってくるだろう。
また、自衛隊も即応態勢を敷いており、特に立塔市にある駐屯地は一番早く矢面に立つため、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
そんな中、警戒されている当の秘密結社バベルはというと……。
「これで完成か? 博士」
「うん、まぁ。これで問題ない筈だよ」
盛周は奈緒を連れ立って、バベル基地内にある格納庫へと赴いていた。
その格納庫内にある一つの兵器を見ている二人。二人の視線の先には、2メートルから3メートルほどの大きさになる、鎧武者の甲冑染みた何かがあった。
それを見た盛周は感慨深そうに話す。
「ようやく第一歩、だな……」
「そうだねぇ……。でも、大首領。本気かい?」
「何がだ……?」
「君がコレを使うことだよ」
そう言って目の前の鎧武者を指差す奈緒。その顔は困惑半分、盛周に対する心配半分といった様子だった。
そも、奈緒が困惑している理由を知るためにも、目の前にある鎧武者について説明するべきだろう。
まず、目の前に鎮座する鎧武者には零式起動甲冑、という仮称が与えられている。
そしてこの零式起動甲冑、その正体はバベルの技術の粋をもって開発された新型のパワードスーツ。その実証試験機となる。
そしてパワードスーツという名目からも分かる通り、これには人間が装着することが前提だ。
そして、バベルの主な戦闘メンバーは知っての通り怪人とバトロイドであり、基本的に人間はいない。
だというのに、なぜこれを開発したのか、はひとまず脇に置くとして……。
つまり、何が言いたいのかというと、バベル内部には零式起動甲冑を装着できる人員は限られている、ということだ。
だが、そうだとしても流石に大首領たる盛周が装着、言ってしまえばテストパイロットの真似事をする必要はない。
にもかかわらず盛周が、零式起動甲冑を装着することを頑として譲らないことに、奈緒は困惑していたのだ。
しかし、当の本人。盛周にも盛周なりの言い分がある。それは――。
「何を今さら、もともとこいつのプロトタイプから俺が使っていたんだ。それなのに、今さら他の不慣れな人員を割り当ててなんとするか」
「いや、しかしだねぇ……」
「それに、今からこれを俺以上にうまく使いこなせる人間を用意する時間があると思うか?」
「それを言われると弱るんだけどね……」
盛周の言い分に奈緒は降参、とばかりに両手をあげる。
そう、現実的な問題として、まず零式起動甲冑を装着できる人員を確保すること自体が、現状バベルでは難しいのだ。
……ここで少し話が変わるが、バベル四天王についてなにかおかしい。と感じたことはないだろうか?
ちなみに、おさらいとして現在バベル四天王として活動しているのは目の前にいる青木奈緒の他に、旧バベル時代に先代大首領の補佐をしていた葛城朱音。
それに、盛周の護衛として立塔学院高校に派遣されている草薙楓と、もう一人。奈緒が証言した外様である彼女、つまり女性だ。
ここまでで気付いた方もいるだろう。そう、バベル四天王は現状、全員女性で構成されている。
それはなぜか?
盛周が好色だから? あるいは、ただ単に優秀なのが全員女性だった?
ある意味彼女らが全員優秀だった、というのは正解でもある。だが、それだけが理由ではない。
では、その他の理由、とは?
現在、バベルに所属している男性というのが極端に少ない。これが一番の理由だった。
しかし、そうなるとなぜ男性が極端に少ないのか。
それは旧バベルが壊滅した時まで遡る。あの時、レッドルビーとブルーサファイアに本拠地を奇襲された際、バベル陣営は防衛人員として再生怪人、バトロイドの他に、急遽所属していた男性陣にも簡易的な改造を施して防衛戦力として割り当てたのだ。
それはさながら敗戦国の最後、学徒動員を彷彿とさせる所業だった。
しかし、それを行いながらも最終的にバベルは敗北。しかもそれが遠因となりバベルが壊滅的被害を被ったのだ。
ゆえに盛周は奈緒にバトロイドの改良、ならびに人を用いない怪人の製作を指示。それにより人手不足を無理矢理解消しようとした。
そして先日そのための研究がようやく実を結び、汎用怪人コアが完成。
それが盛周が奈緒の研究室に顔を出した時、彼女が小躍りして喜んでいた理由だった。
つまり、これでようやく本当の意味で秘密結社バベルの活動がある程度可能になる。ということになるのだから。もっとも、あくまで目処がたった、という話でしかないが……。
ともかく、そう言った理由により零式起動甲冑に盛周以外の人員を割り当てるのが、現状厳しいということに対する真相だった。
「それで、武装の方は?」
「そっちの方は流体金属製の大太刀と近接も可能な弓の《ハスユミ》。それに完全遠距離攻撃用のライフル《ヒナワ》が出来てるよ」
「……そうか、ならばなにも問題はないな」
そう言いながら零式起動甲冑を見上げ、思い詰めた表情を見せる。
「後は俺が使いこなせるか、か……。いや、使いこなして見せなければ、な」
そう言って覚悟を決めた顔をする盛周。
そこには一人の学生ではなく、組織を束ねる大首領としての姿があった。