盛周の疑念、そして──
秋葉ちゃんを帰らせるとき、どこか暗い顔をしていたが大丈夫だったのだろうか?
そんな疑問を抱く俺だったが、それより、まだまだやらなければならないことがたくさんある。だが――。
「博士、レオーネが彼女を内部に引き入れるのを見逃すのは、さすがに悪手だったんじゃないか?」
「ははは、なんのことやら」
バベル大首領の執務室。そこへ博士、青木奈緒を招き入れて話を聞いていた。
ちなみに、里桜ちゃん。魔法少女-ヴィレッジロックは先に部屋へ帰している。そうしなければこちらに都合の悪い……、というより、どちらかというと彼女の教育に悪そうだったからだ。
その理由は、博士にある。
彼女をよくよく見ると、うっすらと汗をかき、身体を火照らせている。また、部屋には淫猥な匂いが漂い、その発生源は、まぁ……。言うまでもないだろう。
その証拠、というわけではないが――。
「ん、ふっ――」
ぶるり、と身体を震わせる博士。今日の彼女はパンツスタイルであるが、よく見ると――女性相手にはセクハラになってしまうけども――股の部分が、少し湿っている。
それが見えた俺は、敢えて呆れたような声を出した。
「はぁ……。博士、いくらなんでも節操がないんじゃないかね?」
「あ、はっ……。ん、くぅ……。だ、大首領。そんなに奈緒さんをいぢめて、どうするつもりなんだい」
びくびく、と身体を痙攣させながらそんなことをのたまう。
お察しかもしれないが、ついさっきまでドMの博士にはお仕置きという名のご褒美を与えていた。その結果がいまの痴態、というわけだ。
「どうするつもりもなにも、わざわざカメラや防衛設備に細工してたのは博士だろう? また楓が嘆く、というより胃痛で苦しむぞ」
「ふ、は、はは……」
悪役らしい悪い笑い方だこと。これで、視線をそらさず顔がひきつってなければ、格好もついたろうが……。
それは、まぁ、良い。いや、良くはないんだが。それよりも……。
「別にそこまで責めてるわけじゃない。レオーネのため、だったんだろう?」
「…………」
先ほどまでと違い真顔になる博士。何だかんだで、彼女もレオーネには甘いからな。ここへ入った経緯もあって、どうしても心配らしい。もっとも、これは俺もあまり強く出れないが……。
「だから、それを責めるつもりはない。それにこれは先払いでもある」
「先払い……? どういう意味、いや、つもりだい?」
俺の言葉でさすがに訝しげになる博士。分からなくもない、あきらかに俺の言動が怪しいからな。だが、それでも――。
「博士に極秘で頼みたいことがふたつある」
「ふたつ? 大首領が言ってたパワードスーツの件とは別に、かい?」
「あぁ、そうだ。そしてそれは朱音さんには頼めなくてね」
「ふぅん……?」
懐疑的な顔を見せる博士。なんといっても俺は彼女、朱音さんを腹心として扱っている。そんな彼女に秘密にしようというんだ。そうなるのも無理はない。だが、今回の場合、仕方ない。その朱音さんが関係するのだから。
「博士にはふたつ、調べてほしいことがある」
「調べる? スパイの真似事かい? それならレオーネくんの方が――」
「そういう類いなら、もちろんレオーネに任せる。だが、今回は違う。科学的なアプローチが必要なんだよ」
「ほう……」
博士の瞳がギラリ、と光る。どうやら興味を引いたようだ。まぁ、そうなるように話を誘導したのも確かなのだが……。
「博士に調べてほしいこと。それは――」
ふたつのこと、それを博士に伝えると、彼女は最初に目をまるく、その後しかめっ面になる。
「……大首領、本気かい?」
「本気だし、正気でもある。でなければこんなこと――」
俺が断言しようとした時、けたたましいサイレンが鳴る。これは、確か……。
「こんな時にイマジン勢か……。岩の魔人を失ったにも関わらず――いや、失ったからこそ、か」
いよいよもって、奴らもこちらが邪魔になったと見える。
ビィ、ビィ、と通信が鳴り、強制的に接続された。こういうことができるのはレオーネか楓。そして、レオーネはバルドルにいるのだから、残りはひとり。
『大首領――!』
「分かっている、楓。ブラックオニキスとして出撃。俺もすぐに行く」
『…………はっ!』
ぶつり、と通信が切れる。俺も行かなければ。
「では、後は任せる。博士」
「ちょっ……! 大首領?!」
驚き、こちらを引き留めようとする博士。しかし、そんな暇はない。彼女を残して俺は部屋を後にした。
ごう、と風を切る。いま、俺はフツヌシをまとい空を飛翔している。
「大首領、アクジローさま!」
背に楓、ブラックオニキスを背負った状態で。
「こちらのレーダーに魔物の反応があった。そちらはどうだ!」
「こちらも把握しています!」
「良し、行くぞ!」
どうやら発見してすぐ出撃したのが功を奏したようだ。いまだ街に被害らしい被害は出ていない。
俺は降下を開始、それとともに楓、ブラックオニキスは一足早く飛び降りた。
「ハ、ァアァ――――!」
飛び降りたブラックオニキスはガコン、とPDC擬きを起動。手近な相手へ飛び蹴りを浴びせる。
ドゴン、という鈍い音とともにゴブリン型の魔物が吹き飛ぶ。一回、二回と地面をバウンド。首、そして腕があらぬ方向に曲がっていた。間違いなく死んでいる。
討ち倒したゴブリン型が、ぽう、と粒子に分解され消えていく。あれもよく分からない機能だが、なにか意味があるのだろうか?
まぁ、いまはそんなこと考えている暇はない。
「雄、ォ――!!」
俺は腰部にマウントしていた大太刀、タマハガネをぎゅ、と握り締めると、ごぅ、と降下を加速させる。
魔物たちがオカルト的なエネルギーをまとった攻撃でないと基本、ダメージを与えられないのは判明している。しかし――!
ドゴン! と、タマハガネを大上段から魔物を両断するように地面へ叩きつける。その結果――。
「やはり、か――!」
魔物は引き千切られるように、左右で真っ二つになっていた。
やはり、魔物の防御も完璧ではない。本来、物理攻撃をバリアのようなもので防いでいるのだろうが、それの許容量を越える攻撃を加えることができれば突破可能。それが証明された。
そして、それはパワードスーツであるフツヌシのアシストがあれば理論上、充分に可能ということだ。
それだけじゃない。フツヌシが可能である、ということはその廉価版。自衛隊へ卸しているフツヌシの量産型、モムノフでも同じ結果を求めることができる、ということ。そうなれば自衛隊でも充分、魔物を撃破可能ということになる。
「…………ふっ」
フツヌシのお陰で顔が見られることなどないが、いま俺の顔は綻んでいるのは間違いない。自衛隊も戦力に数えられるようになれば魔物の、イマジン勢を押し返すのもだいぶん楽になる。
そんなことを考えている俺の耳に、女の子特有の甲高い声が聞こえてきた。
「――ファイア、ドライブ!」
ごっ、と炎の槍が側を通り抜け、魔物たちに着弾。ぼっ、と身体を燃やし灰に変えていく。そして、そんな芸当をできるのは現状ただひとり。
「オーラムリーフ、か!」
魔法少女であり、対魔物、イマジンへの切り札となり得るオーラムリーフのみ。
その予想通り、彼女は魔法を放った姿で、そして彼女を守るようにブルーサファイアを伴ってこの場へ現れていた。
「……っ、アクジロー!」
どこか苦々しげに俺の名を呼ぶオーラムリーフ。フツヌシのセンサー越しだからこそ分かるが、彼女の手に粒子、エネルギーが集まっている。
「ファイア、ブレイド……!」
そのまま炎の剣を形成。じり、と足を踏み込むと、どん、と足元を爆発させ、こちらへ突撃してくるのだった。