蜘蛛の糸
バウンティハンター-レオーネが裏切り者だった。その事実にガラガラ、と足元が崩れ落ちたような衝撃を感じる秋葉。そのまま、ふっと意識を失いそうになるが、それを引き留めたのも、またレオーネであった。
「おぉい、秋葉ちゃん。大丈夫……?」
ともすれば、能天気にも聞こえる声。それは秋葉の怒りを煽るには十分だった。
「なんで、なんでアンタは……」
「うん?」
憤怒の形相で胸倉を掴む秋葉。突然の凶行にレオーネは意味が分からず目を白黒させていた。
「なんでアンタは裏切ってんだよ! ……アンタは、英雄なんだろ。それなのに、なんで……」
「ああ、そういう……。でもね、秋葉ちゃん――」
秋葉の怒りを受け、なるほど、と納得したレオーネ。しかし、すぐに意味ありげに、にやり、と笑みを浮かべた。
「きみたちからすると、間違いなくそう見えるだろうね。だけど、ボクは裏切ったつもりなんてないよ? なんと言ってもボク、もともとこっち所属だし」
「…………え?」
思わず間抜けな声を上げる秋葉。聞こえなかった、というよりも理解できなかった、したくなかったのだろう。その証拠に、完全に憤怒の表情が抜け落ち呆然としている。
対するレオーネは、ふふん、と自信満々に鼻を鳴らすとどうだ、とばかりに胸を張る。その顔はえっへん、と言いたげに純粋な笑みを浮かべている。
「そもそもボクがなんて呼ばれてるか知ってるでしょ。バウンティハンター、賞金稼ぎだよ? あくまであちらとは金銭的な契約をしてるだけで所属してないの」
ま、契約って言っても前の組織の話だし。と、さらに秋葉にとって絶望を突きつけるレオーネ。それはすなわち、レオーネはバルドルに対して仲間意識を持っていない、と言う宣言に聞こえたからだ。
「それでも協力してたのは、千草さんと水瀬さん。ふたりに良くしてもらってたから、力を貸しても良いか、ってのと、こちらの仕事のため。断じて英雄とか正義とか、高尚なものじゃないよ?」
「……なん、だよ。それ…………?」
もはや、なにもかも分からない。感情を揺さぶられ続けた秋葉は完全に困惑していた。それは悲しそうに歪めた表情からも見てとれた。
なぜ秋葉が悲しそうな顔をしているか分からないレオーネは、説明が足りなかったのかな? と、考えて彼女にとってトドメとなる言葉を発してしまう。
「これだけじゃ不親切だったかな? ……それじゃ改めて自己紹介。ボクはレオーネ。そこにいる奈緒ねぇ――」
そこで奈緒を見るレオーネ。つられて秋葉も奈緒を見る。彼女はにこやかに笑い、手を振る。
「青木奈緒と同じ大幹部。バベル四天王がひとり。諜報部門のトップ、バウンティハンター-レオーネだよ」
「……訳、わかんねぇ」
泣きそうな声で呟く秋葉。それに面白がった奈緒が続けとばかりに話しかける。
「ちなみに奈緒さんは技術開発部門のトップだよ。つまり、怪人たちはすべからく奈緒さんの子供、という訳。まぁ、いまの大首領に変わってからだけどねぇ。ついでに他の四天王は内務部門、実質的な大首領の補佐役と戦闘部門。怪人、バトロイドたちの統括をしているよ」
「…………なんで、アタシにそこまで教えるんだよ」
「なんでって、それは――」
秋葉の問いかけに心底不思議そうにする奈緒。そして、彼女は秋葉にとって予想外な言葉を続けた。
「その方が面白そうだったからだよ」
「ははっ、なんだよ。それ……」
完全になめられている。そう、理解した秋葉。沸々とした怒りが沸き上がってくる。そして今し方知った大幹部、バベル四天王。その内のふたりがこの場に揃っている。
半ば自暴自棄になっている秋葉はここでふたりを討ち取る、相討ちにでもなればバルドルのためになる、と考えて――。
――ごぅ、と秋葉のまわりに焔が集まる。
「――変……ぐぅ?!」
魔法少女-オータムリーフに変身しようとするも、その前にレオーネから喉を鷲掴みにされる。
「……なに、してるの?」
「か、はっ……」
先ほどまでとは違う冷えきった声。表情が抜け落ちたレオーネが見つめてくる。ぎりぎり、と軋む喉、および首の骨の音が聞こえる。
やっぱり、ダメだったか。秋葉は諦観に至り、くたりと力を抜く。もはや抵抗したところで無駄。このまま殺されるしかない。
「ダメだよ、レオーネお姉ちゃんっ!」
悲痛な叫び声が秋葉の耳へ届く。それとともに喉への圧力がなくなる。
「そうだった、ごめんね里桜ちゃん」
「がはっ、げほ、ごほ……っ」
九死に一生を得た。それは死んでいた筈の子、石原里桜のお陰だった。しかし、なぜ彼女が助けてくれたのか。それが秋葉には分からなかった。
混乱している秋葉に、レオーネが冷たい声で話しかける。
「秋葉ちゃん、運が良かったね。……いや、運が悪かったのかな? 里桜ちゃんが春菜ちゃんと知り合いじゃなければここにいなかったんだから」
「どういう、ことだよ……」
互いに警戒した応酬。それを止めたのは他ならぬ里桜だった。彼女は静かに、だが、力強く秋葉へ告げる。
「それは、わたしと春菜さんでチームを組んでたんです。魔物たちを倒すチームを。でも……」
「なんだって……?!」
里桜の告白に驚愕する秋葉。ここに来て親友、西野春菜に関する情報が出てきたのだ。驚くな、というのが無理だった。そして少しでも情報を得るため里桜へ詰め寄る。
「そ、それで春菜はどこに……!」
「……ごめんなさい。わたしにもそれは……。途中で化け物になっちゃったから――」
「……っ! あ、あぁ。悪い……」
自身が魔人になってしまったから分からない。そう告げる里桜に、デリカシーがなかった、と謝る秋葉。いくらなにも情報がなかったからと言っても逸りすぎた、と反省する。
「でも、春菜さんから、えっと……」
「あ、悪い。東雲。東雲秋葉。魔法少女としての名前はオーラムリーフ。秋葉で良いよ」
里桜が言い淀んだことからまだ自己紹介すらしていなかった秋葉は改めて名乗る。それを聞いて里桜はにこり、と破顔する。
「わたしは石原里桜。魔法少女-ヴィレッジロックです、よろしくお願いしますね。……とと、それはともかく。秋葉さんのことは、春菜さんから良く聞いてましたから。――憧れの人、だって」
頬を少し赤く染め告げる里桜に、秋葉は疑問符を浮かべる。
「憧れの人? 春菜がそう言ったの?」
「はいっ、『アキちゃんはわたくしの一番大切な、憧れの人なの。いつか、里桜ちゃんにも紹介するね』って」
「そっか……。あいつ、そんなことを……」
むしろ、アタシの方が憧れてたんだけどな。心の中で独りごちる。だが、そう言われていると知って悪い気はしなかった。
「さて、もうそろそろ良いかい?」
「……っ!」
そこで差し込まれる奈緒の声。そこでようやくここがどこか思い出す。そして、先ほどレオーネに殺されかけたことも、だ。それほど秋葉にとって、親友の情報は衝撃的すぎた。
「秋葉ちゃん、ここへ来るときにした約束、覚えてる?」
「…………あぁ、ここでのことは口外しない。だよな。でも――」
レオーネからの念押しに口ごもる秋葉。しかし、次のレオーネの台詞に彼女は否応なく考えを改めることとなった。
「思うところはあるかもだけど、従った方が良いよ。……春菜ちゃんのこと、助けたいでしょ?」
「どういう、意味だよ」
場合によっては親友を人質にとったともとれる言葉に警戒を滲ませる秋葉。だが、それはすぐに霧散した。
「どういう意味も、里桜ちゃんを蘇生したのはそこの奈緒ねぇ。現状で魔人化が解除されて死んだ魔法少女を生き返らせるのが出来るのは彼女しかいないんだよ。親友が死んでもいいのなら別だけどさ」
「そんなの……!」
実質、ここに来た時点で秋葉に選択肢はなかった。それを嫌でも理解させられた。そして、自身が獅子身中の虫にならざるを得ないことも。
「それで、アタシになにをさせるつもりなんだよ」
血を吐くような秋葉の言葉。それを聞き、レオーネと奈緒は互いの顔を見る。予想外のリアクションに秋葉もキョトンとしている。
「いやぁ、別に秋葉くんになにかしてもらおうってつもりはないんだけど……」
「強いて言うなら、千草さんたちに秋葉ちゃんが引きこもってるって聞いたから、原因のボクはさすがに悪いかなって思って……」
ふたりの言い様に呆然としている秋葉。そして――。
「なんだよ、それぇぇぇぇ――――!」
秋葉の絶叫がバベル内部に響き渡るのだった。