希望と絶望
死んだ筈の少女が生きていた。そのことに驚く秋葉だったが、同時に本当に良かった。と、安堵もしていた。
だが、これももしかしたらなにかの幻覚、もしくは魔法なのかも、と疑いだした彼女は頬をぎゅ、とつねる。
「痛い……」
つねった頬からたしかな痛みを感じて涙目になった。それを見つめる二対の双眸。件の魔人だった少女。石原里桜はなにしてるんだろう? と不思議がる。対して、レオーネは呆れた表情を隠しもせず秋葉へ話しかけた。
「秋葉ちゃん、なにやってんのさ……」
「いや、あの……。あはは……」
恥ずかしくなって笑って誤魔化す秋葉。誤魔化すついでに少し気持ちが落ち着いた秋葉は、場所を確認するため辺りを見回す。
どこかのカフェテラス、いや食堂だろうか? 食事時なのか分からないが、食事をしている。あるいは談笑している人の姿が確認できた。
しかし、どういうことだろうか? ここにいる客? だが、どういう訳か女性しかいない。それが秋葉が先ほどここをカフェテラスと誤認した理由だった。
そもそもこの食堂自体、なんというかお洒落なのだ。丸いモダン調テーブルに、それを囲うように軽くカーブして二人は座れる椅子が3つ配置されている。
かと言えばそれだけではなく、木目の美しい四角のテーブルと緩やかな背もたれがつけられた木製の椅子。それが対面するように備え付けられている。
また一部ではいくつかのテーブルを並べ、椅子代わりの大型のソファーが置かれていた。
それに壁、というか窓。大きな、それこそステンドグラス並みの大きさの窓ガラスが配置され、暖かな光を室内へ取り込んでいる。
それだけなら、本当にお洒落なカフェテラス……なのだが、一部の食事がそれを壊していた。
「……いや、牛丼て」
はふはふ言いながら、かちゃかちゃと牛丼を掻き込む女性。合間にずずっ、と味噌汁を啜っている。また別のところでは、シュークリーム……だと思うのだが――。
「まてまて、デカ過ぎだろ……」
胸焼けしたように手で押さえながら突っ込む秋葉。それも仕方ない、その仮称シュークリーム。とてつもなく大きいのだ。具体的に言うと人の顔がすっぽり覆われるくらい。それが2つテーブルに並べられていた。ちなみに、着席している人間は一人である。
ここは魔境かなにかか? そう考えてしまったのも仕方のない状況だった。
…………ただ、その考え。実は当たらずも遠からずだった。
「あぁ、最初に見ると圧倒されるよねぇ」
分かる分かる、とばかりにうんうん頷くレオーネ。しかし彼女は、どちらかと言うと魔境側の人間。なにせ、もともと食に困りヒロインになった女だ。食える時に食い溜め、とばかりにここへ来たときは好きなものばかり五人前頼み、ぺろりと完食する健啖家だったりする。
……その割に、色々と小さいのは成長期にあまり食にありつけなかったこともあるが、それ以上にレオーネ自身の燃費の悪さにある。
なにしろ渚の超能力、秋葉の魔法の代わりに彼女が持っているのは圧倒的な身体能力。しかも、それがかつて別の秘密結社の薬物投与でさらに強化されている。しかし、その身体能力を維持するため、膨大なカロリーを要求されてしまっている。つまり、その程度食べないと身体を維持できないのだ。
……長々と語った訳だが、ここが魔境、というのはそう言う理由ではなかった。本当の理由、それは――。
「おやおや、皆して仲良くお喋りかい?」
「あっ、せんせー!」
三人とはまた違う女性の声。それが聞こえた里桜はにぱぁ、と喜色満面の笑みを浮かべる。そして、秋葉もまたこの声に聞き覚えがあった。
「やぁやぁ、お久しぶり秋葉くん。元気だったかい?」
「……嘘だろ?」
そこにいたのは、かつて入院していた時に出会ったバベルの大幹部を名乗った女性、青木奈緒だった。
想定外の人物の登場に混乱する秋葉。そんな彼女を尻目に、奈緒は勝手知ったるとばかりに席へ座る。
「どうしたんだい、秋葉くん? 座りたまえよ」
「な、なんでアンタがここに……」
呆然とした秋葉の呟き。それが聞こえた奈緒はキョトンとした。そして、すぐに腹を抱えて笑い出す。
「あっははは! 可笑しなこと言うね。奈緒さんがここにいるのは当然だろう? それとも、こう言った方が良いかい?」
――ようこそ、秘密結社バベルの本拠地へ。
その言葉を聞いた秋葉は目の前が真っ暗になったように感じた。信じられない、というよりも信じたくなかったのだ。レオーネが、憧れのヒロインが裏切っていた、などと。