絶望と希望
バルドル基地内に宛がわれた個室、そこに備え付けられたベッドの上で横になっていた秋葉は、ごろん、と寝返りを打つ。
「アタシは、どうすれば良かったんだろうな」
「秋葉……」
側で秋葉を心配そうに見つめるアグ。岩の魔人だった女の子を助けられなかったのは事実。そして、それは蔦の魔人となっているであろう秋葉の親友、西野春菜の未来を示唆するものでもあった。
秋葉は親友である春菜を助けたい、と思った。そのためにアグの手を取り、魔法少女という力を手にした。しかし、それは親友を助けられる力ではなく、それどころか親友の命を奪う。そして、己自身の命をも奪うものであった。
ぎゅ、と秋葉は唇を噛む。悔しさを、そしてやるせなさを感じて。なんのために力を手に入れたのか。なんのために魔法少女となったのか。
ヒロインに憧れがあったのは本当だ。だけど、それ以上に助けたかった。大切な人を、手の届く範囲にいる人々を。ただ、助けたかったのだ。
でも、現実は――。
「アタシって、本当に無力だよな……」
力なくこぼれ落ちる言葉。目には涙が溜まり、あふれたものがつぅ、と一筋流れ落ちる。
もしかしたら、もう親友を助けることは叶わないかもしれない。その絶望が秋葉に重くのしかかる。
そんな秋葉の耳に、こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。
「ごめん、秋葉ちゃん。いるかな?」
「…………レオーネさん? 居ますよ、どうぞ」
予想外の訪問者に驚いた秋葉だが、追い返すつもりも理由もない。何用か分からないが、部屋へ招き入れる。
「ごめんね、休んでる時に」
「……いえ」
そもそも、女の子を助け、そして看取ったのはレオーネだと知っている秋葉からすると、彼女だって塞ぎ込んでいても不思議じゃない。そんな彼女がこちらを心配して訪れてくれたことに、少し罪悪感を抱いた。
レオーネだって辛い筈だ。それなのに、申し訳なさそうに部屋まで来てくれた。それだけで秋葉の心は多少救われる。それとともに今のまま、無様をさらす訳にもいかない。何よりも辛いのは、目の前で救うことができなかったレオーネ自身なのだから。
「元気、なわけないよね。ごめん……」
申し訳なさそうに頭を下げて謝るレオーネ。そんな彼女へ秋葉は手を首をブンブン、と振る。
「い、いやいや! 顔上げてくれよ、レオーネさん!」
わたわた、としながらも秋葉はさらに言葉を続けた。
「そりゃあ、辛くないって言ったら嘘になるけどさ。アタシ以上に辛いレオーネさんにそんなことさせちゃ、女が廃るよ」
「……なに、それ?」
秋葉の弁明に困ったような顔をしながらクスクス笑うレオーネ。彼女が笑ったことで、秋葉も少しホッとしていた。
秋葉がホッとしたことで、レオーネもまた安心したようで、少し軽い口調で話しかける。
「それでね、秋葉ちゃん。今日、ボクがここに来たのは、ちょっとお願いがあったからなんだ」
「……お願い?」
ヒロインとして大先輩にしてベテラン。バウンティハンターの呼び声高いレオーネのお願い。それの予想がまったく付かず困惑する秋葉。
困惑する秋葉をよそに、レオーネはそのお願いについて告げる。
「ちょっと、着いてきてほしいところがあるんだ。あっ、もちろん千草さんから許可は貰ってるよ」
「は、はぁ……」
いよいよもって予想が着かない秋葉は気の抜けた声を放つ。アグも近くで首をかしげていた。
「それで、ね? あと、もうひとつ。着いてくるのは秋葉ちゃんだけ。それと、着いてきた先で見たことは秘密にしてほしいんだ」
「…………へ?」
レオーネの変なお願いに、秋葉は頭に疑問符が浮かべる。明らかに普通のお願いではなかった。しかし、ヒロインの先輩でもあるし、疑うのも失礼だろう。そう結論付けた秋葉は首肯した。
「レオーネさんがそう言うってことは、それなりの理由があるんだよな。分かったよ」
「……ありがとう」
にこり、と花開く笑顔で礼を言うレオーネ。その顔を見てドキッとした。同性から見てもすごく可愛らしかったのだから仕方なかった。
秋葉は動揺を悟られないように、そっぽを向く。しかし、頬が赤く染まっていることでバレバレだった。
だが、それを指摘するほどレオーネも子どもではない。あえて見てみぬ振りをして話を進めた。
「それじゃ、早速出発しよっか。実は既にお迎え、来て貰ってたんだよね」
「……おいおい」
呆れて、ジトッと半目になる秋葉。あははっ、と笑って誤魔化すレオーネ。
「じゃあ。はい、これ」
「はい、これっ、てなんだよ、これ?」
レオーネからアイマスクを手渡され困惑する秋葉。
「なに、ってアイマスクだけど?」
「いや、そうじゃなくて……。なんでこれが必要なんだよ」
「ああ、それ? ちょっと向かうとこが秘密なとこなんで着くまで目隠ししてねっ、てことで」
「えぇ……」
レオーネの宣言を受け、急に不安になった秋葉。しかし、今さらいかない、何て言うわけにもいかず――。
「分かった、分かったよ。着ければ良いんだろ」
「あっ、もちろんお迎えの車に乗ってからで良いよ」
なんとも間抜けなやり取りに秋葉は肩の力が抜けるのを感じるのだった。
その後、車に揺られて目的地へ向かうレオーネと秋葉。当初の不安はどこへやら、何かと話を振ってくるレオーネのお陰で緊張とは無縁の状態に落ち着いていた。
「あっ、もうそろそろ目的地だよ」
「……そうなのか?」
「うんうん、レオーネさん嘘つかない」
「なんだよ、それ?」
先ほどから続く気の抜けたやり取り。それで完全に毒気を抜かれていた。
そして、目的地に着いたのだろう。キィ、と止まる車。バタン、とドアが開く音がした。
「どうぞ、お嬢様?」
悪戯っ気のある笑いを含んだレオーネの声。きっといい笑顔をしていることだろう。そう思った秋葉だったが、基本王子さま扱いされることから、逆にエスコートされるお嬢様扱いされるのが新鮮で、これはこれで、なんて考えていた。
「うむ、苦しゅうない」
「あははっ、意外とノリいいね。秋葉ちゃん」
楽しそうに笑うレオーネ。そして、彼女に手を引かれ歩くこと少し。
「はい、目的地に到着。外して良いよ」
「分かったよ、レオーネさん。それで――」
――ここに何があるんだ。そう問いかけようとして、彼女の言葉は途切れる。目の前にはあり得ないもの。だが、同時に望んでいた光景が目にはいった。
「おっそーい! レオーネさん、待ちくたびれちゃった!」
「ごめんね、里桜ちゃん。これでも急いだんだよ?」
……そこには死んだ筈の岩の魔人だった少女。彼女が笑いながらレオーネと談笑している姿があった。