頑張る、ということ
レオーネと伊達総理たちが会談を行っている頃、話題に上がっていたバルドルはというと……。
「ふぅ……」
「どうしたの、千草――じゃなかった南雲司令?」
「千草、で良いわ。いま、ここには私たち以外いないんだし」
「でも……」
司令室で黄昏ていた千草を心配している歩夢。二人はレオーネから聞いた悲痛ともいえる声を思い出していた。
「結果として、あの娘を助けるのは間に合わなかった、か……」
「つらいわね、レオーネちゃんも」
通信越し、映像こそ無かったものの声色から彼女が泣いているは嫌でも分かった。
正直、千草はレオーネがなぜあそこまで固執したのか分からない。もしかしたら、なにか思うところがあったのかもしれない、が……。
「あの娘があそこまで取り乱すなんて、ね……」
千草が知っているレオーネは、どこか飄々として依頼と報酬を重んじる娘だった。まぁ、それも仕方ない。彼女の来歴を知れば、その考えも理解できる。だから彼女はバウンティハンター、と呼ばれるに至ったのだから。
「……とはいえ、私がこんなざまではダメね。もっと、しっかりしないと……」
千草は頬をぱちん、と叩き気合いを入れる。もし、この場にレオーネが現れたら逆に心配されるかもしれない。それだけは避けたかった。なにせ、傷心のレオーネに心配されるなど、彼女に負担をかけてしまうからだ。
そうでなくとも、組織の長が不調などということになれば、全体の士気にも影響がでる。それを理解しているからこそ、千草は弱みを見せるわけにいかなかった。
歩夢だって、そんなことは分かっている。しかし――。
「千草。あなた、頑張りすぎよ」
「……あうっ!」
千草の額を軽く弾く、いわゆるデコピンする。デコピンされた千草は痛みこそなかったものの、恨めしそうな顔で見つめる。
そんな顔を見て歩夢は、彼女の義娘である霞を思い出す。親子は似る、というがこの場合。一体どちらが似たのか、と思う。
それぐらい二人とも生真面目なのだ。少しくらい肩の力を抜けば良いのに、と思ってしまうほどに。
もっとも、その性格ゆえに千草がバルドルの長へおさまったのだが……。
「ともかく、千草。あなた、頑張るのは良いし、それがあなたの美点だけど。何事も限度があるわよ」
「それは、わかってるつもり。だけど――」
「わかってない」
本当に、と歩夢は嘆息する。確かに頑張る、ということも一種の才能であり、その点で言えば千草の才能は抜きん出ている。だが、結果としてそれが自身の身体を苛め抜くものとなってしまっては意味がない。
頑張るのは良い、しかし頑張りすぎてはいけない。それは最終的に自身の身体を壊してしまう原因になってしまう。
それでは別の意味でレオーネに、そしてヒロインたちに心配をかけてしまう。
歩夢は、この生真面目で融通のきかない司令官をどうやって休ませるか、頭を悩ませるのだった。
同時刻、食堂で食事をし終えた渚と霞が顔を向き合わせて話していた。その話題は、ここにいない秋葉、オーラムリーフのことであり……。
「それで、なぎさ。どうでしたか、彼女の様子は……」
「……うん、やっぱりまだ塞ぎこんでるみたい」
はぁ、とため息をつく二人。彼女らが言うように、現在。秋葉はバルドル内に宛がわれている自身の部屋に引きこもっていた。
もっとも、渚と霞。二人はそのことを批判しようなどと思っていない。彼女の気持ちが胃やというほど理解できるからだ。
「そりゃあ、あの娘。魔人の中からでてきた娘が死んだ、なんて聞かされたら、ねぇ……」
「えぇ。それに彼女の親友、西野春菜さんも魔人に変異している、という報告が入ってるらしいですし……」
ふたたび、はぁ、とため息をつく二人。
そう、今回の結果と春菜が魔人化しているという事実。それらを合わせると、春菜の生存は諦めろ、ということを突きつけられているに等しい。
そもそも秋葉が魔法少女になったのはヒロインへの憧れもあったし、持ち前の正義感というのもあった。しかし、一番の理由は親友。西野春菜を助けるためだったのだ。
それなのに、その結果がこれでは、心が折れてしまうのも道理だった。
「秋葉ちゃん、立ち直れるかなぁ……」
「きっと、大丈夫。信じましょう。それよりも――」
「うん、分かってる」
霞が言わんとしていることは、渚も理解している。
あの魔人化した少女を救出したとき、まだその時点では彼女は生存していた。つまり、何らかの方法を行えば彼女を助けることができた可能性は十分あったことを意味する。ならば、渚たちが成すべきことは一つ。
「わたしたちも春菜ちゃんを助けられるように努力すること、だよね」
「ええ、そうです。まぁ、問題はその努力の方向性が不明瞭な点ですが……」
「だよねぇ……」
三度、ため息をつく二人。実際頑張ると言っても、そもそも情報が少なすぎて、どう頑張れば良いのか分からないのだから仕方ない。
そのまま二人は、己が考え付いた可能性をあーでもない、こーでもない。と話し合うのであった。