思惑
バベルの司令室でダンゴバックラーが撃破される様を確認した盛周。その瞬間、司令室の空気が緊張に包まれる。
特にダンゴバックラーの行動を確認していたオペレーターの構成員は、可哀想になるほど顔を青ざめており、恐怖で身体が小刻みに震えている。
それも仕方ない。何せ今回の襲撃は大首領たる盛周直々の命令であり、構成員たちの中では何よりも失敗が許されない。という意識のもと行われていた。
それが蓋を開けてみれば、まさかの襲撃前にバルドルの邪魔が入り、挙げ句の果てには襲撃を行う前に全滅。成功以前の問題だった。
司令室の緊張が極限に達しようという中、沈黙を破るように盛周が口を開く。
「今回はここまでか、皆良くやってくれた」
まさか盛周の口から労いの言葉が出ると思っていなかった面々は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして盛周を見る。
むろん、盛周も皆がそのような反応になるのは想定済みなのか、少し笑いながら話を続ける。
「なぁに、今回の作戦。実は失敗するのも想定の内だ。……それに、こちらとしては最低限の仕事は果たした」
ダンゴバックラーには騙すような形になって悪いがな。と言って言葉を閉める盛周。
盛周の発言にざわつく周囲だったが、そこでぱんぱん、と手を叩く音が聞こえる。
音の方向を見ると、そこには盛周の腹心である朱音の姿があった。
「ほら、全員して固まっているんじゃありません。たとえ破れたとしてもすることはあるでしょう。次の仕事に取りかかりなさい」
朱音にそう命令を下された面々は、多少の疑問は未だあるものの、実際朱音の言うとおりに他にこなすこともあるため、それぞれの仕事に取りかかる。
その姿に満足したのか、朱音は薄く笑みを浮かべて頷いている。
そして次に盛周の方へ向き話しかけてくる。
「それで、大首領。これからのことについてお話が――」
「あぁ、みなまで言うな。行くとしようか」
もともと盛周も朱音の用件を把握していたようで、彼女が最後まで話すことなく、結果として朱音を引き連れる形となり部屋を後にするのだった。
蛍光灯に照らされたバベル秘密基地内部の通路を、目的地である前回四天王たちと会っていた会議室に向かって移動中、朱音が盛周へ話しかける。
「大首領――盛周さま。あまりあの者たちに、情報を告げるのは――」
「分かっている、分かってはいるが、流石にあの状況ではね」
盛周に苦言を呈する朱音。それは先ほどの司令室での話だった。
しかし、盛周としてもオペレーターの今にも自害しそうな青ざめた顔を見て、そのまま放置できるほど人でなしにはなれなかった。
それ故に助け船として先ほどの話をわざとしたのだ。
そもそもの話、今回の襲撃。盛周と、その他の面々で目標にかなりの差異があった。
他の面々、一般的な構成員たちにすれば、先ほども言ったように初の盛周からの指令、ということもあり絶対に襲撃を成功させなければいけない。という感覚だったのに対し、盛周側。今回の八百長を知っている者たちからすると、騒ぎを起こした時点で目的は達成済みだった。
ここまで言えば分かると思うが、今回バルドルに情報を流したのはバベル上層部。その中でも盛周と共犯者の朱音が主導していた。
なぜ二人が、大首領と側近がそのような。意図すれば背信行為ともとれる行動をとったのか。それにも当然理由がある。が、まだその理由に関しては語るときではない。
一つ確実に言えることがあるとするならば、二人とも今後のことを考えての布石を打った。ということだ。
「でも、本当に気を付けてください盛周さま。あまりあからさまに動いては、いくら楓でも疑ってくる可能性がありますので」
「ふぅ、確かにそうだな。善処するよ」
それでもやはり心配が勝った朱音が念押しのように言葉を紡ぐと、流石に悪いと思ったのか、盛周も改善を約束するように返事した。
その後、二人は無言で目的地まで歩みを進めるのだった。
目的地である会議室に到着した二人は、現在集まれる四天王の残り二人。楓と奈緒にある程度のかバーストーリーを説明した。
その中で朱音が危惧したように、もともと生真面目な楓が盛周や朱音になにか物言いたげな様子を見せていたが、盛周はそんな彼女に対して口八丁でなんとか丸め込むことに成功。しかし――。
「では、盛周さま。次の襲撃に関して、私の方で計画させていただきます。よろしいですね?」
「あぁ、構わないとも。期待しているよ」
「はっ! ――では失礼致します」
そう言って彼女は部屋から退室していく。それを見送った奈緒はどこかつまならそうに呟く。
「やれやれ、真面目だねぇ……。肩肘張ったところでどうにもならないだろうに」
そう言って肩をすくめる仕草をする奈緒。そして彼女はもう一つ。世間話のていでとある情報をもたらす。
「そうそう大首領? 今回の襲撃のコトだけど、あの娘。ここに来てない彼女のことを疑ってるみたいだよ?」
「……なに?」
奈緒からの情報に少し驚く盛周。確かに楓と四天王最後の一人の間に確執があることは理解していたが、そこまで。まさか裏切りを働いている、と考えるまで拗れているとは思っていなかった。
「まぁ、諜報部門のあの娘は四天王の中で唯一の外様だからねぇ……。そう考えるのも分からなくはないけどね」
そう、四天王最後の一人は奈緒が言うように外様。簡単に言えば、もともとバベルの構成員ではなかったのだ。さらに言えば……。
「ふぅ、む……。まぁ、俺が大首領に就任する前、一時的に敵対していた時期もある。と聞いているしな。確かに分からなくもないが……」
「それに私としても彼女のことは心配かな。有能であることは理解していても、ね」
楓の心境にある程度配慮する発言をする盛周に対し、奈緒も自身が少し心配をしている旨を告げる。だが、彼女の口調は最後の一人の裏切りを心配するものではなく、むしろ無事であることを案じているような口調だった。
その口調に彼女と最後の一人の関係性を思い出した盛周は、奈緒を安心させるように告げる。
「それなら大丈夫。彼女の今の任務は完全な裏方だし、何より先方も安全は保証してくれるさ」
「なら良いのだけどね」
盛周の言葉に一応の安心を得たのか、奈緒は慇懃な態度で返答する。そして彼女も話は終わったとばかりに立ち上がり、座っていたことで固まった体を解すように伸びをする。
「……んっ。それじゃ私も自分の仕事をするとしようか。おつかれさま、大首領、朱音」
そう言って奈緒はおどけるように二人に向かってウインクをして退室する。
それを見送った二人は。
「やれやれ、これは一杯食わされたかな?」
「かもしれません。あれも馬鹿ではありませんから」
楓はともかく、奈緒に関してはこちらの思惑を察しているかもしれない、と考えた。そして場合によっては彼女もこちら側に組み込むべきかもしれない、とも。
だが、今そのことを考えても仕方ない。
二人もまた用がなくなった以上この場に留まる必要もないのでそれぞれ退室するのであった。
その夜、家に戻った盛周は父親。先代大首領の書斎へと訪れていた。
うっすらと埃がたまっている本棚からとある一つの資料を取り出す盛周。
そして彼はそれをパラパラとめくる。
それは彼が大首領に就任した当時、何度か目にした資料だった。
パラパラと資料をめくる行動自体にあまり意味はない。ただ、当時の、大首領に就任したときの心境を、初志を思い出すための儀式でしかない。
そして盛周はふと、既にいない。故人である父親に対して疑問を呈する。
「なぁ、親父。親父はどんな気持ちだったんだ……?」
盛周は一番最初にこの資料を見た時、今は亡き父親と前世で知ったとある物語の登場人物。二人の境遇があまりに似ている、と感じたのを覚えている。
そして彼は――。
「――人類に、逃げ場なし。か……」
その人物、数あるロボットが一堂に会するお祭りゲー。そのゲームに於いて、プレイヤーの前に強大な壁として立ちはだかった秘密結社の総帥にして、天才科学者の言葉を口にする。
己の父が同じように秘密結社の大首領であり、天才科学者、その息子たる自分が彼の言葉を口にすることに一種の皮肉を感じながら。