差異
秘密結社バベル本拠地の一室、いつも盛周たちが議論を行う会議室に奈緒とレオーネ、そして保護――本人視点からすると拉致かもしれない――された里桜の姿があった。
その中で里桜は見ている方がかわいそうになるほどガチガチに緊張していた。事実、緊張している彼女をレオーネが気の毒そうに見つめるほどだ。
「里桜ちゃん、落ち着いて? 大丈夫、悪いことにならないし、させないから」
「は、はい……」
レオーネに優しく語りかけられたことで少し緊張がほぐれた様子を見せる。彼女にとってヒロインであるレオーネが唯一の希望であり、信じられる人であった。
『それで博士、もうちょっとうまくやれなかったのか……?』
そんな二人の耳に、どこか呆れた声が聞こえてくる。盛周、バベル大首領の声だ。
ちなみに、一応まだ里桜は部外者という立場であり、万が一のことを考えて顔が割れないよう通信で話しかけている。
「おやおや大首領、奈緒さんは悲しいよ。こっちは頑張って組織の利益になるよう動いているというのに」
よよよ、と泣き真似をする奈緒。
そんな奈緒にレオーネは白けた視線を、盛周も通信でも分かるようなほどやる気を削がれている。
『それで石原里桜さん。きみのことについていくつか話そう』
結果、盛周は奈緒を無視する形で話を進めようとする。
「えっ……あ、はい」
大首領とレオーネ、二人の塩対応をみて大丈夫なのかな、と心配になる。それは奈緒を心配しているわけでなく、本当に組織で上の人なのか、という心配だったが。
里桜の心配をよそに大首領、盛周はいくつかの情報を提示していく。
『まず、きみが公的に死んでいる件だが、それは博士の狂言などではなく、事実だ。実際、レオーネがきみをこちらに運んできたとき、すでに心肺停止状態だった、と報告を受けている』
「えっ……」
『時にきみは、どこまで覚えている? ……最後の記憶、という意味でだ』
大首領から突然の質問。それに里桜は生真面目に記憶を遡りはじめる。
「……えっと、魔法少女として魔物と戦ってるとき、急に胸が痛くなって、それで……」
うんうん唸って思い出す里桜、しかし記憶はそこで途絶えていた。そのことを認識して焦りを見せる。
「それで、わたし……。どうして……?!」
「大丈夫、里桜ちゃん落ち着いて? ご主人さまこれ以上は……」
里桜の肩を優しく抱きながらあやすレオーネ。盛周もまた、そんな彼女を気遣うように声をかける。
『なるほど、よくわかった。そこまでで良い。無理に思い出そうとしても危険だ。……それで博士。彼女は――』
ここからは専門家から説明させた方が良い。そう判断した盛周は奈緒に話を振る。
「はいはい、それじゃあここからは奈緒さんが話を引き継ぐよ。里桜くん、初めに言っておくが、きみには悪いが蘇生を行うついでに身体を色々と調べさせてもらったよ」
「えうっ……?!」
奈緒の暴露に顔を真っ赤にして慌てふためく里桜。目覚めた当初、生まれたままの姿にされていたことを思い出したのだ。
彼女もまた立派な淑女。裸を隅々まで見られたかもしれないとくれば、そうなるのも道理だった。
「その結果色々と、面白いこと、面白くないこと含めて本当に色々と分かったよ。まず、今回里桜くんと、以前調べた秋葉くん、オーラムリーフで明確な違いが見つかった」
『ほう……』
「オーラムリーフ……?」
奈緒の発言に興味深く耳を傾ける盛周。対して里桜はオーラムリーフ、という名前に聞き覚えがなく首を捻っている。
彼女が知らないのも無理はない。なにせオーラムリーフは里桜が魔人に変容した後に魔法少女に選ばれ、バルドルに保護されたのだから。
そのことをレオーネは彼女へ説明する。
「秋葉ちゃん、オーラムリーフは最近確認された魔法少女だよ。いまはバルドル、レッドルビーやブルーサファイアが所属してる組織に身を寄せてるんだ。」
「そう、なんですか……。って、そうだ! それですよ!」
突然叫ぶ里桜に目を白黒させるレオーネ。そこで彼女は、いままで当たり前すぎて失念していたことを指摘される。
「なんでレオーネさん、ヒロインがバベルにいるんですか?! わたしも、バベルが世界征服をたくらむ秘密結社だってことも、最近復活したってことも知ってますよ!」
「あー……。それはぁ……」
いまさら指摘されて、そういえば。と、冷や汗を流すレオーネ。当たり前の話だが、ヒロインが影で秘密結社と結託しているなどとんでもないスキャンダルになる。
しかし、奈緒からするとどうでもいいようで、続きを話し出す。
「それはどうでもいいとして――」
「どうでもいい――?!」
「きみとオーラムリーフ。2人に刻まれた術式を調べたところ、きみには刻まれていたのにオーラムリーフの方にはなかった。というものが1つあったんだよ」
奈緒が言う明確な差異。それは――。
「ま、一言で言うと意図的に力を暴走させる術式だね。しかも時限式、だから里桜くんは戦闘中、急に胸から痛みが走ったのだと思うよ」
「……えぇっ!!」
そんなものがあると思ってもみなかった里桜は驚きの声をあげる。しかし、半ば予想していた他のメンバーは。
『やはり、か。つまり魔人化についても?』
「うん、そうだね。魔法少女の力を意図的に暴走させる。それが魔人化の正体なようだ」
「……ふざけてる!」
奈緒の解説に怒りを露にしたレオーネ。そこへ火に油を注ぐように奈緒は追加の情報を渡す。
「しかも、彼女の魔人化が解けた後、死亡するように小細工もしてたようだね。死人に口なし、ということだろうね」
「……ひっ」
瞬間、レオーネから、ごぅ、と威圧感が漏れ出る。まさに怒髪天を衝く、という様相だった。
それも仕方ない。彼女、レオーネ自身もかつて似たような道を歩んだのだ。孤児で秘密結社に拉致されたことも、ヒロインとしてバベル以外の秘密結社に捕まり、人を人と思わぬ所業を受けたことも。
もし、レオーネを拉致した秘密結社が壊滅しなければ彼女は駒として扱われ、最後には悲惨な末路をたどっていただろう。
もし、レオーネを捕まえた組織。かの組織が盛周に見つかっていなければ、レオーネの人格は崩壊し都合の良い道具として扱われていただろう。
だからこそ許せないのだ。己がたどった可能性がある道だからこそ、里桜に、魔法少女たちを同じ道に歩かせようという妖精たちを。
もはやレオーネに妖精に対して容赦する、という気持ちはない。そんな段階はとうに通りすぎた。
今、彼女の心にあるのは要請たちを撃退、否、妖精の国を壊滅させること。ただ、それだけだ。
『レオーネ落ち着け。彼女が怖がっている』
諭すような盛周の声。その言葉を聞いたレオーネは、はっとした様子で里桜を見る。そこにはカタカタと震え涙目になっている里桜。
そんな彼女を見てレオーネは――。
「あぁ、ごめん! 大丈夫、大丈夫だからね!」
慌ててフォローするように里桜を慰め、抱きしめるのだった。