実験材料
本日は諸事情で二話更新となります。
こちらは一話目です、よろしくお願いします。
なんとか岩の魔人との戦いを制したレオーネとアナザールビー。
レオーネはぐったりと脱力する岩の魔人だった少女を抱きかかえる。しかし、その中で少女に違和感を覚えたレオーネ。
明らかに脈拍が弱いのだ。それこそ、いまにも死んでしまいそうなほどに。
事実、彼女の顔をよく見ると、死人のように青白く表情も完全に抜け落ちている。
「……ちょっと、冗談じゃないよ?!」
いくら、ついさきほどまで殺しあっていたとはいえ、秋葉と同年代の少女が死ぬまで放置するほどレオーネも鬼畜ではない。
だが、このままここで手をこまねいていては少女の死亡は確定してしまう。そんなことを許してしまうほどレオーネは諦めはよくない。助けられる命であれば、助けるべきなのだから。
そして彼女を助けられる人物に、一人だけ心当たりがある。
慌てて、レオーネは通信機を使って、バルドル本部へ繋ぐ。
「千草さん!」
『レオーネさん、どうしたの?』
「例の魔人、その本体を確保したんだけど――」
『本当に?!』
レオーネの報告に驚く千草。そんな彼女へレオーネは慌ただしげに言葉を紡ぐ。
「でも、死にかけてる! このままじゃ間に合わないから、戦線を離脱するよ!」
『ちょっ、レオーネさん?!』
「この娘を助けられそうな人に心当たりがあるの! だから――」
本来はこんな問答をする時間すら惜しい。しかし、勝手に離脱しては後々問題になる。だからこそ、レオーネは連絡を取ることで筋を通している。
それに、レオーネたちが魔人を撃破したことで魔者たちの抵抗は緩慢に、逃亡している個体すらいる。それならばレオーネが離脱しても問題はない筈だ。
そのことを歩夢、オペレーターたちから報告を受けた千草は許可を出す。
『わかったわ、レオーネさん。……その娘、助けられるのよね?』
「もちろん! 千草さん、愛してる!」
『ちょっ、なに言って――』
千草がなにか言っていたが通信を強引に切ると、レオーネは少女を抱きしめ跳躍。ウサギのようにぴょんぴょんと屋根伝いに飛び跳ねて目的地へ急ぐ。……アナザールビーをその場に置き去りとして。
置き去りにされたアナザールビー。しかし、彼女はそんなことを気にすることなく――というよりもなにか考え込んでいた。
「……あの娘」
ぎり、と拳を握り込むアナザールビー。彼女にとって岩の魔人、その正体であった少女とはある意味因縁があったのだから仕方ない。
「石原、里桜……。この世界であなたは――」
なにせ、彼女はアナザールビーの世界に於いてレオーネや庭月たちを殺した後、現場に到着したアナザールビー。彼女に討たれたのだから。
レオーネと、彼女たちの命を奪った怨敵。岩の魔人の正体たる少女、石原里桜。二人が生き延びたことでどのような未来になるのか、それはアナザールビーにもわからない。だが、それでも少しでも良くなることを祈らずにはいられなかった。
バベル秘密基地内部、自身の研究室で奈緒はとある実験データの精査を行っていた。
「ふむふむ、これなら――」
何度か内容を噛み砕くように見ながら、納得したかのように頷く奈緒。だが――。
――どごぉん!
突如、破砕される研究室の扉。吹き飛ばされた扉は奈緒の作品。その一部を破砕していく。
扉が破砕された音に驚き、身体を震わせた奈緒は慌てて振り向いて、その光景を見せつけられた。
「な、な、なっ――!」
あまりの事態に目を白黒させてどもる奈緒。そんな彼女に対して、下手人が声を掛けてきた。
「奈緒ねぇ助けて! 急患なんだけど!」
「レ、レオーネくぅん――!」
下手人はレオーネであった。彼女は岩の魔人の正体である少女、石原里桜を抱えていたことから手を使えなかったこと。そして、なにより彼女も焦っていたことから無理矢理扉を蹴り破ったのだ。もっとも、それで自身の作品を破壊された奈緒からすると堪ったものではないが……。
奈緒としても、そんなレオーネに説教の1つでもしたかったが、彼女に抱かれていた少女。そして、レオーネの尋常ではない焦りように非常事態であることを理解して怒りを抑えると彼女へ近づく。
「……で、レオーネくん? 急患とはそれかい?」
「う、うん! 奈緒ねぇなら――」
レオーネが抱いている少女を見る奈緒。そして彼女はため息を吐く。
「やれやれ、急患もなにも――」
奈緒が見せる呆れた表情、それに嫌な予感を覚えるレオーネ。
「すでに事切れてるじゃないか。手遅れだよ」
「…………えっ?」
奈緒の指摘に、レオーネは慌てて少女の脈をはかる。そして、確かに少女の脈。命の鼓動は途絶えていた。
「……そん、な」
目の前の遺体が見せ付ける残酷なまでの現実。その現実に、レオーネの足元が崩れたような感覚が、膝から崩れ落ちそうになる。
間に合わなかった、彼女を助けることができなかった。もし、千草に通信を繋げず、なりふり構わずここへ駆けつけていれば、もしかしたら――。
そんなたらればがレオーネの脳裏に駆け巡る。そうすれば彼女は助かったかもしれないのに、と。
そんな彼女を見てくつくつ、と笑う奈緒。
笑う奈緒を呆然と見つめるレオーネ。
「しかしお手柄だよ、レオーネくん。わざわざ実験材料を持ってきてくれるなんて」
「……奈緒、ねぇ――?」
あくまで少女の遺体を実験材料と言う奈緒を、信じられないものを見るように顔を向けたレオーネ。
レオーネは少女を渡さない、と言わんばかりに、ぎゅ、と抱きしめる。
そんな彼女へさらに近づく奈緒。彼女はレオーネに手を伸ばすと――。
「無駄な抵抗はやめたまえ、それを渡すんだ。そうすれば悪いようにはしないとも」
と、冷徹に告げるのだった。