ダンゴバックラー
長閑な田園風景の中を二つの影が交差している。一つは虫と人の姿を掛け合わせた異形、ダンゴバックラー。もう一つは――。
「えぇい! いい加減しつこいぞ、レッドルビー!」
「――当然! 貴方たちを倒すのがお仕事なんだからっ!」
――バルドル所属の正義のヒロイン。レッドルビー。
一人と一体はお互いの腕を、手甲と丸盾を幾度となく交差させている。
殴る。防ぐ。殴る。防ぐ。
レッドルビーがストレートを、ジャブを、ブロウを、時には足技すらも、と多種多様に、それこそフェイントを交えながら攻撃しても、ダンゴバックラーはその全てを、時に反らすように、時に真正面から受け止めるように、まるで未来が見えているかのごとく防ぎ続ける。
先ほどレッドルビーがサイコ・インパクトの一撃を与えたのが嘘だったかのように、まったく有効打を与えることが出来ない現状。
そのことに少し焦りを募らせるレッドルビー。
――その時、後ろから頼りになる相棒の声が聞こえて来る。
「レッドルビー、援護します!」
「か――サファイア!」
救いの声に思わず彼女本来の名前を口走りそうになり、慌てて言い直すレッドルビー。
そんな彼女の精神状態はさておき、ブルーサファイアは踏み込み一つで土が捲れ上がるほどの爆発的な加速で接近すると思いっきり棍を突き立てようとする。だが――。
「甘いわっ――!」
ダンゴバックラーは棍をバックラーで上から叩き付けて攻撃を反らす。その結果、棍が地面。土に突き刺さることになる。しかも、棍を持つブルーサファイアはかなりの加速を得ていた訳で……。
「……っ!」
その結果、どうなったか。それは、棒高跳びよろしく彼女は上へ跳ぶことになってしまった。
だが、それが同時に好機となった。
「――――はぁぁぁぁぁぁっ!」
彼女は上へ跳んだ際のエネルギーを上手く使い空中で一回転。それに巻き込むように地面に刺さった棍を引き抜くと、そのままダンゴバックラーの背中へ強かに叩き付ける。
「うぉぉぉっ……!」
ブルーサファイアの攻撃を一度防ぎ、なおかつ上に跳ばさせたことで、彼女から注意を外していたダンゴバックラーには完全な不意打ちとなり、背中の甲殻に当たったことでダメージこそ受けなかったものの、体勢を崩す結果となった。
そして、それを見逃すほどレッドルビーは、彼女は甘くない。
「チャンスっ! ――はっ、たぁ!」
「ごっ、がぁっ!」
後ろから叩かれたことで前のめりになっていたダンゴバックラーの懐に飛び込むように、レッドルビーは疾走!
なおかつ彼女は深く身を沈ませるとダンゴバックラーの顎を撥ね飛ばすようにアッパー!
さらに仰け反った彼に渾身の右ストレートを叩き込んだ!
……が、なぜか渾身のス右トレートを叩き込まれたダンゴバックラーが吹き飛ぶ様子がない。防御が間に合ったのか?
――否。
ダンゴバックラーが吹き飛ばなかった原因、それは足元にあった。
なんとレッドルビーは右ストレートを叩き込む前、己が足で、ダンゴバックラーの足を砕くほどの勢いで踏み抜いていたのだ。
そこからは完全なるレッドルビーの独壇場!
「はっ、やっ、たぁっ――!!」
「ぎっ、ぐっ……! なめ……!」
ラッシュ、ラッシュ、ダンゴバックラーに拳の雨を降らせる!
もちろん、ダンゴバックラーも何とか防御してやり過ごそうとするが、先ほどのダメージが抜けていないこともあり、動きに精彩を欠いている。
そして、レッドルビーはダンゴバックラーの動きが鈍り始めたことを確認すると両の手でそれぞれダンゴバックラーの防御の要であった腕を胴体から離すように弾き跳ばす。
そのことでダンゴバックラーの防御は、一瞬とはいえ完全に不可能となった。
そしてそれはレッドルビーの必殺の一撃をお見舞いするだけの隙を晒したことを意味する!
「はぁぁぁ――――!! サイコ・インッパクトぉ!!」
レッドルビーは手甲に仕込まれているPDCを起動させるとサイキックエナジーを放出!
そのまま拳に纏わせると、右手でダンゴバックラーの胴体に打ち込む。
さらに彼女は追撃とばかりに左手でもリバーブロウを放つ!
――体を、機械を、敵を砕く音が響く。
事実、彼女のリバーブロウは当たり処が良かった、あるいは悪かったのか人間で言うところの横腹を抉るように突き抜け、ダンゴバックラーを構成する部品を撒き散らす。
その一撃に耐えきれず、ダンゴバックラーは傷口を押さえ、苦悶の声を上げる。
「ぐ、おぉ……。おの、れぇ――」
苦悶の声を上げながらもダンゴバックラーは最後の力を振り絞り――。
「お、おぉぉぉぉ――――!!」
「――なっ、きゃあっ!」
レッドルビーを無理矢理弾き跳ばして自由の身となる。そして――。
「こ、これがワシの、ダンゴバックラーの攻防一体の姿よぉぉぉ――――!」
彼はその場で飛び上がると身体全体を丸め、完全な球体状になる。それはダンゴムシが身を守るために甲殻の中に自身の身体を隠す姿と酷似していた。だが、ダンゴムシとは明確に違う点が一つ――。
「……うわっ、まさか突撃――!」
その球体の身体を転がって来たのだ。それはさながら、とある冒険映画で罠の大岩が主人公めがけて転がってくるのを感じさせるものだった。
もっとも、転がってくるものは大岩ではなく怪人。意思を持つ者だ。それが意味すること、それは――。
「ちょっ、そんなのアリぃ――!」
転がってきたダンゴバックラーを回避して安心していたレッドルビーだったが、回避されたことを悟った彼は、なんと方向転換をして再び迫ってくる。
またそれだけではなく跳ね上がっての上方からの強襲なども駆使し、何がなんでも押し潰そうとしてくる。
流石にこの攻撃を防御、などということは不可能に近く、さらに言えば攻撃したところで逆に回転に巻き込まれ押し潰されることは目に見えているので、レッドルビーは回避を強要される。
ダンゴバックラーが攻防一体、と言ったことは伊達ではなく、実際にレッドルビーに打てる手はない、非常に厳しい状況となっていた。
このままではじり貧。何れレッドルビーの体力も限界が訪れ、球体と化したダンゴバックラーにおしつぶされてしまうだろう。一人ならば。
だが、ここにはもう一人いる。
「……いま! ルビー!」
「――うん!」
ブルーサファイアの合図を聞いたレッドルビーは彼女の見ている前で右側へ回避する。
そしてそんな彼女を追うように頭に血が昇ったダンゴバックラーも右へ、抉られた左脇腹を晒すように追いかける。
そこは、攻防一体である筈のダンゴバックラーの唯一の弱点。それを狙撃が得意なブルーサファイアの眼前に晒してしまった。
「――――ショット!!」
そしてそれは致命的だった。
彼女は、ブルーサファイアは的確に、スナイパーライフルに変形させたブルーコメットで射抜いて魅せた。
射抜かれた衝撃で吹き飛ぶダンゴバックラー。
そして柔らかい、内部構造を露出した脇腹から銃弾で蹂躙された身体では、もう行動するのは不可能だった。
「く、そぉ……。おのれ、レッドルビー。おのれ、ブルーサファイア」
全身から火花を走らせながら立ち上がるダンゴバックラー。
しかし、そこまでが限界だった。
「申し訳ありません、大首領! ――バベルに栄光あれぇぇぇっ――!!」
それだけ叫ぶとダンゴバックラーは地面へと倒れ、大爆発を引き起こす。
ダンゴバックラーが爆発したことを確認して、レッドルビーは大きく息を吐く。
「は、ぁぁぁぁぁっ――。なんとか、なったぁ」
そして彼女は自身の窮地を救い、ダンゴバックラーへトドメを刺した相棒へ笑顔を向ける。
「ナイスっ! 助かったよ、サファイア!」
そんな彼女の様子に、ブルーサファイアは苦笑を浮かべると話しかける。
「ルビー、ちょっと油断しすぎですよ?」
「うぇぇ? そんなことないよ……」
「まったく、ヒヤヒヤさせないでください」
「はぁい……」
そんなやり取りのあと、どちらからともなく、ぷっ、と笑いが吹き出る。
「それじゃあ帰還しましょう?」
「うんっ!」
その言葉を最後に二人はバルドルの基地へと帰還するのであった。