二つの組織
霞の目の前には恋する乙女のように頬を紅潮させる渚。その顔をみる限り彼女は一切盛周を疑っていないことがわかる。
そんな渚の様子に、くすり、と笑みがこぼれる。だが、それとともに本当に大丈夫なのか、と頭の片隅で考えてしまう己に嫌悪感を覚えてしまう。
なにせ、彼は先代大首領の嫡子。一人息子なのだ。もしかしたら私たちが知らないなにかを知っている可能性がある。
「……いけませんね」
そこまで考えた霞は、頭の中から嫌な想像を追い出すようにかぶりを振る。
そんな彼女を不思議そうにみる渚。
「どしたの、かすみ?」
「いえ、なんでもありません。ただの考えすぎです」
「自分で言うんだ」
くすくす笑いながら渚は突っ込みをいれる。
まさか渚に笑われると思ってなかった霞は苦虫を噛み潰した顔になる。
「まさか、渚に笑われてしまうなんて……」
「ちょっとぉ! それ、どういう意味!」
霞の意趣返しともとれる言葉を受け、今度は渚が声を荒げる。
そして両者の視線が交錯する。じぃ、と互いの瞳をみる。辺りに重たい空気が充満し――。
「ぷっ……」
「くっ……」
――霧散する。それも必然だ、別に二人は喧嘩してい訳でも、互いを嫌っている訳でもない。いわば、いまのはただのじゃれあいにすぎなかった。
くすくす静かに笑う二人。彼女らの間に穏やかなときが過ぎていく。
ひとしきり笑って気が済んだのか、渚は笑いすぎて目元にたまった涙を拭いながら霞へ問いかける。
「それでかすみ、そんなことを聞きにきたんじゃないんでしょ? なにかあったの?」
ただ雑談をしに来たとしては様子がおかしかった霞。そのことを感づいていた渚は彼女へ問いかける。
相変わらず感の良い相棒の言いぐさに苦笑した霞は、ぽつり、と自身の疑念を口にする。
「……ええ、そうですね。ちょっと気になることがありまして」
「気になること?」
「ええ、以前レオーネさんが開示された資料を覚えていますか?」
霞に問われて首を捻る渚。なんの資料だろう、と思い出そうとした彼女はひとつのことに思い当たる。
「……あぁ、もしかして。新生バベルになってから死傷者が出てなかったってやつ?」
「そう、それです」
自身の考えが正しかったのを確認した渚はほっ、と安堵のため息をつく。
「でも、それ。チカくんが関わってるって知ったいまなら納得だよね」
うんうん、と頷く渚。そんな彼女を苦笑して見る霞。そして彼女は気を取り直すように咳払いして話を進める。
「そう言うことを言いたいわけではなくてですね? ……おかしい、とは思いませんか渚?」
「おかしい? なにが?」
心当たりがとんとないのか、渚はキョトンとして首をかしげている。
そんな彼女へ霞は諭すように語りかける。
「よく考えてください、渚。彼らバベルの目的は?」
「そりゃ、世界征服で……? んん?」
霞の問いかけになにを今さら、と答えようとした渚。しかし、なにか違和感を覚えた。なにかが違う。なにが……?
以前、レオーネが件の資料を開示したとき。彼女はバベルが他の秘密結社と抗争している、という情報もあった。それだけなら後々邪魔になりそうな組織を排除している。という考えができる。だが……。
「そっか、魔物たち」
違和感の正体、それはバベルが魔物たちを迎撃。しかも大首領たる盛周やブラックオニキスというヒロインらしき、それこそルビーやサファイアに匹敵するかもしれない戦力を使ってまでする必然性がないのだ。
そして、それをいうならばそもそもバベルが民間の被害に配慮する必要すらない。むしろ、ある程度被害が出た方が、自衛隊や警察機構が復興支援に手を取られるから楽になる、まである。
そう考えてみると、なるほどおかしい。バベルがそんな苦労を背負い込む必要などどこにもない。それこそ、そんなバルドルみたいに……?!
そこまで考えを整理して渚は違和感の大本へたどり着く。
似ているのだ、バベルとバルドル。現状、二つの組織の方針が。
「ちょっと待って。これは偶然……?」
新たにあらわれた疑問。それを得てぶつぶつと考え込む渚。そんな彼女の様子に、霞は同じ疑問へたどり着いたと理解して神妙に頷く。
「そうです、バベルとバルドル。二つの組織はあまりに似すぎている」
――まるで、バベルがバルドルの前身であるかのように。
そんな霞の言葉が、渚の中へ染み込んでいく。あたかも甘美な、そして死へと至る毒のように……。