蟻の一穴と奇妙な平和
魔物の防御膜、その新たな突破方法についてはある意味当然であるが盛周のもとへも上がってきていた。
「飽和攻撃などで防御膜の許容値を越えるダメージを与えれば突破可能、か。一昔前にあった創作物のバリアかな?」
ばさり、と詳細な内容が書いてある書類を机の上に投げ捨てながら呟く。
彼の行為に苦笑いを浮かべながら報告書を持ってきた人物、バベル四天王の筆頭にしてシナル・コーポレーションの代表取締役、葛城朱音はなだめようとする。
「ま、まぁ。冗談のような内容ですが裏取りも済んでいますし、どうやら純然なる事実のようです」
「それは分かってる、というよりも朱音さんが持ってきた報告を疑うつもりはないよ」
「それは……。あ、ありがとうごさいます」
言外に貴女のことを信頼している、と宣言された朱音は照れ臭そうにはにかんでいる。
まぁ、盛周が彼女を信用、信頼するのは当然だ。
先代大首領と副首領。盛周の両親が戦死したのち、バベルという組織が存続できたのは彼女の手腕における部分が大きい。
もちろん、もう一人の大幹部。実質的な研究者のトップとなった奈緒の研究品をシナル・コーポレーションで扱い資金源の調達をした、という点を考慮すれば奈緒もまた間違いなくバベルへの貢献者だ。
もっとも奈緒としては功績を誇るつもりは毛頭なく――それこそ下手に誇った日には重役の仕事を押し付けられ、研究の時間が削られる可能性があることから――本人はのほほんとしていたが。
彼女はドMであるが、それ以上に研究バカな一面が強く自身の研究さえできれば満足。という思いが強い。まぁ、それも彼女が敬愛する先代大首領の役に立ちたい、追い付きたいという思いから来るものであったりするのだが。
そんなことよりも、ある意味朗報で問題なのは別にあった。
「さて、それよりも問題はこれだな……」
盛周はため息をつきながら、机に置かれていたもう一つの資料を手に取る。それはここにいないレオーネがもたらしたものであり――。
「件の特務小隊、ついにバルドルへ出向、か……」
「……ええ、どうやらそのようですね」
鮭延率いるパワードスーツ部隊についての話であった。
彼ら二人の視点で見るならバルドルの戦力が強化されるのは諸手を上げて歓迎する事態、なのだが……。
「バベル、という組織として見るならあまり歓迎できない事態でもある。痛し痒しだな……」
いまもバベルは陰ながらバルドルを支援している。が、それは本当に陰ながらの話。表向きには敵対しているのだから、バルドルに怪人以下、バトロイド以上の戦力が50人も入ったことになる。
単純な戦力ならまだバベルの方が上だが、それでも同時に軽視して良い状況ではないのも確か。
しかもレッドルビー、渚と違い面識もないため八百長をする、というわけにもいかないのも問題だ。
いくら現状妖精の国という共通の敵がいるとはいえ、すぐさま共闘といかないのも事実。それどころか、もしもバベルとバルドルで潰しあいが起これば利するのは妖精の国や、今後あらわれるであろう外からの侵略者たちだ。
それを阻止するため、いまレオーネに内部工作を進めさせているが――。
「ここまで合流するのが早いのは想定外だった。これでは工作が間に合うかどうか……」
悩ましげに渋面を浮かべる盛周。
「一応、こちらでもロビー活動は続けておりますが……」
朱音もまたシナル・コーポレーション代表取締役という立場を使い、政財界へ圧力を掛けているがそれも芳しくない。
その理由はシナル・コーポレーションが新興企業で影響力が少ない、というのもあるがそれ以上に――。
「やはり首相は手強いか」
「はい、彼のカリスマ性を考えると……」
内閣総理大臣として鉈を振るう伊達の力があった。
彼自身盛周、バベルとは内密の協力関係にあったが、だからといって傀儡になるつもりなど毛頭なく――。
「味方が有能なのは嬉しいが……。それでもこちらの動きが阻害されるのは歯痒いな」
「ええ……。ですが、だからといって消す訳にもいきません」
「それはもちろんだとも。彼ほどの傑物に消えられたら、のちの計画に支障が出る」
共犯者が有能ゆえの悩み、というのはある意味贅沢な悩みである。しかし、それはいままさに盛周の頭を悩ませる目の上のたんこぶとでというべき問題なのだ。
もちろんその交渉も政府と繋がりがあるレオーネが行っているのだか……。
「そう考えるとやはりレオーネへの負担が高い、というよりも、レオーネがいなければ破綻している戦略だな」
「それは、まぁ……」
盛周の力ない呟きに困ったような笑顔を浮かべる朱音。
四天王の中で一番忙しいのはシナル・コーポレーション代表取締役との二足のわらじを履いている朱音であるが、実は二番目に忙しいのは意外なことにレオーネだったりする。
まぁ、彼女の場合は四天王の他にヒロインとしての立場。そして政府への連絡役に加え、二重スパイの役割までこなしているためある意味当然ではあった。
だからこそ盛周はレオーネが戻ってきた際は、優先的に相手をし、ストレスを発散させている。
まかり間違っても四天王は浪費して良い人材ではないのだから。
「まぁ、なんにしてもいま、動くわけにはいかないな。下手したらバルドルに大義名分を与えかねん」
あり得ない、とは言い切れないためバベルとしていまはどちらにせよ静観するしか方法がなかった。
下手に動いて、それが蟻の一穴となる状況は回避しなければならないのだから。
そのこともあり、世間。立塔市では奇妙な平和が訪れることになる。
それはまさに嵐の前の静けさであった。