二人の望みと、増援のあて
アグと秋葉が退室した後、司令室で千草と歩夢は話し合っていた。
「でも良かったの、千草。あんな安請け合いして」
「……仕方ないじゃない、あそこまで言われたら、ね」
「それは分かるけど……」
理解はできる、と言いつつも歩夢は渋面をつくり手で額をおおっている。確かに、かつて二人が望んだことであるのは事実、なのだが……。それでも、いま出来るか、と問われると……。というのが彼女の本音だった。
「それに、ね」
「それに……?」
唐突にいたずらっぽい笑みを浮かべた千草。彼女がこんな顔になったとき、大抵何らかの突拍子のない考えがあるのを長年の付き合いで理解している歩夢は顔をひきつらせる。
実際にそんな千草の突拍子のない、場合によってはろくでもない考えに振り回されてきた歩夢からすれば、さもありなん。という反応だった。
「実際、やろうと思えばやってやれなくもないもの」
「いやいや、戦力の捻出どうするのよ」
千草の楽観的ともとれる様子に歩夢は突っ込みを入れる。
しかし、それも想定済みなのだろう。彼女は先ほどまでの笑顔が嘘のように真剣な表情をつくる。
「戦力のあてならあるわよ?」
「いやいや、そんなものどこに――。……あ」
千草の指摘になにか思い出したのか、素っ頓狂な声をあげる歩夢。
そんな彼女をみて、千草はくすくす笑っている。
「思い出したみたいね。そう、今度受け入れることになってる特務部隊。彼らの力を借りればそう無茶な話しでもないと思わない?」
「それは、確かに……」
口に手を当て考え込む歩夢。
確かに彼女も鮭延率いるパワードスーツ部隊のことは知ってる――というよりも、受け入れ態勢の準備は彼女が主導で行っていた。
彼ら特務小隊だけでも50名――1個分隊25名が2分隊――という現状のバルドルからすれば大戦力だ。
しかも件のパワードスーツも霞、ブルーサファイアが着用している専用スーツの廉価版であり、一人一人がヒロイン並み、とまではいかないがそれ相応の戦力になるのは期待できる。
「それに以前なぎさちゃんたちが出向した仮想訓練、怪人役のアグレッサーをした時より習熟度も上がってるそうだし、今回の件がなかったとしても心強いと思うわよ?」
「まぁ、それはそうね」
そう懐かしみながら二人はかつての模擬戦、ならびにガスパイダー、サモバットの襲撃について思い出す。
あの時でさえ訓練用の兵装で老練な怪人2体にある程度戦って、弾丸を実戦用に変更したあとはヒロインたちと共闘したとは言え、見事迎撃して見せたのだ。
それほどの戦力となれば魔物相手であれば十分以上の戦力となる。
もちろん、それは魔物が持つ防御膜をどうにかできること前提の話であるが。
しかし、同時にあの防御膜について、一定の衝撃を与えれば突破できる。という報告も少なからず上がってきている。
でなければ偶然バベルとバルドルが共闘する形となったとはいえ、二つの組織の戦力だけではもっと被害が出て然るべきなのだ。
それなのに被害が少なかったのは、自衛隊の装備の一部。今回で言えば改良型バトロイドライフル――鮭延たち特務部隊が装備しているライフル――で有効打を与えられたからに他ならない。
もちろん、それは一発当てれば効果がある、というわけではなく飽和攻撃で防御膜の耐久を突破。という脳筋じみた方法、国家という後ろ楯があるからこそ使用可能な方法であるが。
さらにいうと、弾薬の補給で言えばシナル・コーポレーション。秘密結社バベルからの供給があればこそ、という部分もある。
だが、政府やバルドルとしても魔物、妖精の国という第三の敵対勢力があらわれた以上選り好みしている状況ではないのは理解している。
国家を、国民を守るためには綺麗事だけではどうにもならないことは多々ある。むろん、綺麗に見せる必要はあるし、そもそも綺麗事だけで終わるならそれの方が良いのは確かだ。
そう言った意味では、鮭延率いる特務小隊の合流は綺麗事を綺麗事で終わらせるためにはありがたい援軍であるといえる。補給、という観点に目を瞑ればだが。
「それで、彼らの受け入れは一週間後、ということでよかったのかしら?」
「ええ、間違いないわ」
千草の指摘に修正する部分がなかったことから、歩夢はこくり、と首を縦に振って首肯する。
「なら、実際に動くのは、その一週間後からになりそうね。……もちろん、順調に進めばという話になるけど」
疲れたように重いため息をはく千草。歩夢も千草が言いたいことを理解しているのか、苦笑いを浮かべるだけでなにも言わない。
そもそも、千草が言ったこともあくまで自身の想定どおり物事が進んだ最良の場合の話。相手がいる以上、想定外というのは起こり得るという考えで進めるべきなのだから仕方ない。
これが常に最悪の場合を想定し、楽観的に考える。ということができたら楽なのだろうが……。
「流石に、そう考えたところで物事が予想どおりに進む、なんてことはあり得ないのだし、ね……」
「むしろ、そんなことができるようになったら私たちはお役御免ね」
歩夢の突っ込みにお互い顔をみて苦笑いを浮かべる二人。そんな未来が来ることはあり得ない、がそんな未来が来れば嬉しいな、と思っている。
それは言い方を変えればこの世界が、この国が平和を手に入れることができた。まさしく二人の望みが叶った世界なのだから。