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義を見てせざるは──

 バルドル司令室で、アグから告げられた『魔法少女救出の手伝い』という願いを聞いた千草は頭を悩ませていた。

 バルドルが公然と掲げるお題目である正義の味方、という観点でいえば二つ返事で了承すべき事柄。しかし、日本国という国家の組織という観点からいえば手放しで賛成はできなかった。


 むろん、アグが日本で活動していることから、救出する魔法少女は日本人である可能性は高い。が、だからといって、はい、やります。などと安請け合いをするべきではない。

 なぜなら、バルドルという組織は基本的に対バベル、言い換えれば対秘密結社用の組織として編成されたのだから。

 もちろん、今回のことで言えばバベルもまた魔物たち、妖精の国と敵対している。しかし、その思惑がわからない以上、敵の敵は味方。と、単純に考えるわけにもいかなかった。

 まぁ、もしここに盛周がいたら、むしろそう簡単に考えてくれ。と言っていたかもしれないが……。


 とにもかくにも、秘密結社としての力を取り戻してきているバベルや、バベルには劣るもののそれなりの規模を持つ他の秘密結社、という存在がある以上、どうしても千草はバルドルの長として簡単に首を縦に振れなかった。

 なにより、仮に首を縦に振ったとしてもバルドルの保有戦力はレッドルビー(真波渚)ブルーサファイア(南雲霞)、レオーネ、そしてオーラムリーフ(東雲秋葉)の4名だけ。どう考えても戦力不足だった。

 もちろん、その一人一人が一騎当千の実力者であると千草は確信している。が、それはそれとしてもし魔物側が物量作戦に出た場合、対応できない可能性が高い、とも考えていた。


 事実、その千草の考えは的を得ていた。彼女自身は知らないことだが、実際に過去レオーネがその物量作戦でそこまで有力でなかった秘密結社に敗北。盛周、アクジローに救出されるまで虜囚の身になっていたのだから。


「ううん……。アグさん、こちらとしても出来れば手伝いたいのだけど……」


 言葉の切れが悪い千草。その反応で彼女が何を言いたいのか察したアグは無念そうに顔を歪める。


「……わかった、もん」


 バルドルから協力を得られない、ということは単独で――それこそ、秋葉の力も借りずにことを成さねばならない。

 もはやそれは自殺志願と変わらないだろう。しかし、それでもアグは諦めるつもりはなかった。なぜなら、そこで諦めてしまえば自分で自分の志、根差した正義を否定することになるのだから。


「それじゃ、オイラは――」

「アタシは反対だ」


 アグの発言を遮るように秋葉が協力すべきだと告げる。

 そのこと自体は問題ない。むしろ、出来るなら千草たちとて協力したい。だが――。


「秋葉さん、気持ちは分かるけど……」

「なぁ、南雲司令」


 どこか子供に言い聞かせるような口調で話す千草。だが、そんなことで折れる秋葉ではない。


「アタシらの仕事はなんだよ?」

「それはもちろん、戦えない人たちを守るための――」

「それなのに、見捨てるのか?」


 秋葉の見捨てるのか、という問いに二の句が告げなくなる。変わりに歩夢が秋葉を咎めようとするが……。


「秋葉ちゃん!」

「なぁ、水瀬さん。アタシが憧れたヒロインってのは、助ける相手を()()()()()いけないのか?」

「……っ!」


 秋葉の底冷えした瞳、その視線に貫かれた歩夢もまた気圧される。

 そんなことない、と言いたかった。しかし、今の自身が下した決断はどうだ? 胸を張って、そんなことない、と言えるのか?

 ……言えるわけがない。


 確かに、今の千草たちは組織のしがらみに縛られている。だが、最初からそうだったのか?

 かつて、バルドルの前身となる組織。そこに所属していたときの自分達はどうだった?

 ……違った筈だ。秋葉と同じように私たちで平和を守るんだ。そう、心に誓った筈だ。


 なのにこの体たらくはなんだ!


 そのことに、秋葉から指摘されてようやく気付いた千草たちは愕然とする。

 もちろん、それが悪い、というわけではない。千草にしても、歩夢にしても本人だけではなく、多くの人々。守るべき市民、だけでなくバルドルに所属している人々もまた守るべき対象なのだから。

 それは職員はもちろんとして、ヒロインたち。渚や秋葉たちも含まれる。そう考えたとき、今回のように博打と言って差し支えない手を打てるのか。と、問われたら答えを窮するのは事実。

 いくらヒロインたちの力が強い、とは言っても彼女たち自身が年端もいかない少女たち。本来、庇護させるべき対象なのだ。


 そのことを考えればアグに協力して一つの国家――しかも、相手の国力が不明――相手取る選択など愚の骨頂、なのだが……。


「義を見てせざるは勇無きなり、か……」


 千草は無意識のうちに噛み締めるよう呟く。例え先延ばしにしても、いつかはやらなければならないことなのだ。ならば――。


「……わかりました」

「司令――!」


 千草の返事に驚愕の声をあげる歩夢。

 そんな彼女を力のこもった目で千草は見る。

 彼女もまた、千草の目を見て覚悟を決めたのだと悟りため息を吐く。

 その様子に喜ぶアグと秋葉。しかし、そんな二人に千草は釘を刺す。


「ですが! ……今すぐ、というわけにはいきません」

「え……?」


 千草の言葉を不思議そうに聞く秋葉。対してアグは理解しているのか、真剣な表情でこくり、と頷いている。


「分かっているならよろしい。私たちとしても政府直轄の組織として勝手な行動は許されません。ゆえに先ずは根回しなどが必要になります」

「あぁ、はい……。それはこちらでやっておきますね……」


 また大変な仕事が増えた、とがっくし、肩を落とす歩夢。心なしかその背中は煤けていた。

 そんな彼女を申し訳なさそうに見ていた千草は、気を取り直してアグと秋葉に話しかける。


「……ともかく、今後のことについては、またこちらから連絡します。いいですね?」


 と、いう千草の確認に二人はこくり、と頷くことで答えるのだった。

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