彼女の資質
モニター上とはいえ、唐突に姿を表した片倉という大物を見た秋葉は、最初こそ慌てふためいていたものの、今は借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
もっとも、行動に出ていないだけで全身にだらだらと冷や汗を流し、顔は死人のごとく青ざめていることから、どちらかといえば驚きの許容量をオーバーして思考停止している、というのが正しいのだろうが。
そんな彼女をみて苦笑いをこぼす片倉。彼としても秋葉を追い詰めたい、などという思惑はなく、ただ話してみたい。そして情報を共有したいという思いがあるだけだ。
だが、今の状態ではこの何とも言えない、痛ましい沈黙が続くだけ。
そこで片倉は状況を打破するためにも、あえて藪をつつくか、と行動を起こす。
「さて、突然申し訳ないが。東雲秋葉さん、少しよろしいかな?」
「……………………は、ひゃいっ!」
片倉に呼び掛けられた秋葉は、緩慢な動きで辺りを見渡し、そこでようやく自身が呼び掛けられたと気付き上擦った声をあげる。
彼女の反応に片倉と千草。二人は顔を見合わせほんの少し、秋葉に気取られないように苦笑いを浮かべる。
そもそも二人とも、立場でいえば上から数えた方が早い人間、ゆえに顔を付き合わせる機会も多いが、秋葉はそういうわけにはいかない。
それだけに、いま返事ができただけでも上出来か、と思い直したのだ。
「南雲司令から聞いているとは思うが、一度きみと話をさせてもらいたくて、この場を設けました」
「……は、はい」
先ほどよりは返事が早くなった秋葉。そんな彼女に片倉はなぜそうしようと思ったのかの理由を説明する。
「実はきみの親友、西野春菜さん。正確にいうとその父親の西野氏とは、なにかと協力しあう身でね。その関係で春菜さんともある程度話す機会があったのだが……。知らなかったかな?」
「春菜、と……? ……えっと、アタシは聞いたこと、ないです」
片倉の質問に困惑しながら返す秋葉。事実、春菜が良いところのお嬢様である、ということは知っていたが、片倉と知り合いであるということは聞いていなかった。
まぁ、そもそもがっこうで政治の話などすることもないし、秋葉自身、春菜のプライベートにはあまり踏み込まなかったのだから、ある意味知らないのは当然だった。
まぁ、その返事は想定済みだったのか、片倉は軽く頷くと話を続ける。
「ええ、それでこちらとしてもビックリしましたよ。あいつから春菜さんが行方不明になったという話を聞いたのもそうですが、まさか春菜さんから聞いていた大好きな親友――」
そこであえて一呼吸入れる片倉。そして秋葉もまた片倉の物言いから春菜が、彼女が片倉に自身のことを話していたというのを察する。
「そう、貴女。東雲秋葉さん、貴女のことを南雲司令から報告されるとは思ってもみませんでしたからね」
「……あの娘が、アタシのことを」
「ええ、格好良い、憧れの娘がいる、と」
「そんなの――」
むしろこちらが、女の子らしい春菜に憧れていたのに。そう思い、胸が締め付けられる秋葉。
――アタシは憧れられるような女じゃない。
それが秋葉の率直な思いだった。
女として憧れた春菜に憧れられるなんて、あり得るわけない。
それは彼女の自己評価の低さからもたらされた卑屈な思い。
だが、そんなことを知るよしもない片倉は、不思議に思いながらも話を続ける。
「だからこそ、興味を引かれた訳ですが。こうやって直に見てみれば、なるほど――」
納得したかのように、そして満足そうに何度も頷く片倉。
「あの娘が格好良い、というのも納得です」
「……なんで、ですか?」
なにが片倉を納得させたのか。それがわからなかった秋葉は怪訝そうな顔になる。
そんな彼女をみて、片倉は――。
「ふふ、こういうのは本人は気付かないものですよ」
楽しそうに笑う片倉。彼が秋葉のことを格好良いと評したのは、その瞳。そこに宿る気概、気迫からだった。
確かに、秋葉に春菜が憧れていると伝えた時、どこか卑屈な雰囲気になった。だが、それでも彼女の瞳には春菜のことを心配し、必ず助ける。という意思が見えたのだ。
そんな彼女だから、春菜も惹かれたのだろう。と片倉も納得した。
彼女も名家出身ということもあり、パーティーに参加することも多く他人に対する慧眼があった。
その春菜が憧れる、とまで評したのだ。気にならないわけがなかった。
そして実際に対峙してみれば予想以上。彼女ならば、と思える人物に会うのは久しぶりだった。かつてレオーネや、渚と対峙したときのように。
だからこそ、彼女なら信頼できる。そう考えた片倉は――。
「さて、いつまでも雑談しているわけにもいけません。本題に入りましょうか」
もしも、彼女がお眼鏡にかなわなければ話すつもりがなかった本題を切り出すことにしたのだった。