出撃、大首領
かつての世界からこちらの世界に転生した盛周には、一つの疑問があった。
この世界はヒロインと秘密結社がしのぎを削っている世界な訳だが、なぜヒーロー。男の戦士たちが存在しないのか、と。
……確かに、あちらの世界の創作物には美少女な戦士やら、プリティな戦士たちがいた訳だが、それ以上に男の戦士が多かった。
事実、単純な身体能力で言えば女性よりも男性の方が高いことは分かりきっている。にもかかわらず、実際にはレッドルビーやブルーサファイア。それにレオーネなどのヒロインしか存在しない。
それだけを考えると不合理だと思っていたのだが、今回レオーネがその答えを持ち帰ってきたのだ。……アグから情報提供される、という形で。
その情報とは、この世界に於いて女性が男性よりも特殊な能力を発現しやすい、というものだった。
特殊な能力、というと語弊がありそうな気もするが、簡単に言ってしまえばレッドルビー、真波渚の超能力や青木奈緒の比類なき優れた頭脳。レオーネのあり得ないほどに高い身体能力などがこれに当たる。
なぜ女性にだけ、という理由に関して、いまだ解明されていないが少なくともこの世界で起きていることは事実。
だからこそ、この世界では基本的にヒロインという存在が台頭してきたのだ。
「そして、それに目を付けたのがアグたち妖精、ということか……」
レオーネから一連の報告を受けた盛周は独りごちる。しかし、それならばなぜ今さらになってアグはそのような情報をこちら――正確に言えばバルドルに提供したのか?
「まだ何か、情報を隠している。と考えるのが無難か?」
頭の中にある情報を整理するため呟く盛周。
言ってしまえば今回の情報。これらは積極的にこちらへ流す必要のない情報だ。それをわざわざ流す、ということは何らかの理由がある。と考えるのが自然だ。
例えば、より重要な情報を隠すための隠れ蓑として。もしくは――。
「……何らかの理由で良心の呵責でも感じていた?」
その隠している情報がこちらに不利益をもたらすもので、それを隠すことに関して罪悪感を抱いていたか。
単純に考えてもそれらの可能性が思い浮かぶ。むろん、アグたち妖精とこちらの人間で価値観や常識などが違うことから、その他の可能性ももちろんあり得る。
そこまで考えた盛周は、結局のところ情報が少なすぎて、現状では判断が不可能だと結論付けた。
「まぁ、あちらの方にはレオーネを介して情報を送っているし、そちらでも考えてもらうとするか」
悩ませていた問題についてとりあえず棚上げし、頭を掻きながらごちる盛周。
ちなみに、彼が言うあちらとはバルドルはもちろんのこと、政府関係者たちのことも指していた。
実際、いくらバベルが他組織より科学力が優れていようとも、予算の関係で十全に取り扱うのは難しい、というのが現実だ。
それ故に、盛周からすると多少なりとも出来る範囲で協力してほしい、というのが本音だ。
……まぁ、悪の秘密結社がその対抗組織などに協力してほしいというのもおかしな話だが。
それはともかくとして、盛周には他にもかかるべき問題はまだいくらでもある。それらにとりかかろうとした盛周だが、その前にバベル内でけたたましいサイレンが鳴り響く。
彼は部屋に備え付けてある通信機を起動させると部下、司令部にいるオペレーターに報告させる。
「なにごとか!」
『だ、大首領! は、はっ! 突如として各地にイマジンの魔物たちが顕現。現在、バルドルおよびヒロインたちが対処に動いていますが、手数が足りず……』
オペレーターからの報告を聞いた盛周は、思わず歯を軋ませる。
いつか、こんな日が起こるのは予想していた。していたが、それでも――。
「……早すぎる!」
当初の予定ではバルドルの戦力強化をしつつ、現状盛周の専用機扱いになっている零式起動甲冑【フツヌシ】の量産化、ならびに自衛隊に配備させ防衛力増強を狙っていた。
そも、鮭延率いる部隊がテストしていたパワードスーツ。あれもまた、本来は量産型フツヌシのパイロットスーツ兼生身での戦力強化のためにわざと情報を流したものだった。
だが、現状では本来の目的をこなすどころか、その前段階で足踏みしている有り様。その状況でこれは……。
「……いや、今はそんなこと、考えている場合では――」
『大首領……?』
バベルの、盛周が掲げる本来の目的を知らないオペレーターは、恐る恐る盛周へ声をかけた。
その声で通信を切っていなかったことに気付いた盛周は一度深呼吸して心を落ち着かせると。
「いや、なんでもない。それより怪人――」
と、そこまで言って思い止まる。
仮に怪人を表に出したとして下手すればバベルとバルドル、そして魔物たちの三つ巴になるのがオチだ。
それをするよりかは――。
「楓を呼び出せ、ブラックオニキスとして出てもらう。それと、フツヌシも準備させろ」
『だ、大首領それは……!』
盛周の命令に驚くオペレーター。
怪人ではなく大首領本人が、しかも四天王の一人を引き連れ出ると言ったのだからその反応も無理はない。
しかし、そんなオペレーターの心など知ったことではない。とでも言いたげに盛周は急かすように告げる。
「これは最優先命令だ。――急げよ!」
その言葉を最後に盛周は通信を切る。そして時間がもったいないとばかりに、彼は一目散に部屋を後にするのだった。