英雄と新米、その力の差
当たり一面に火の粉が散り、熱気が充満している。その原因は一合、二合と打ち付けられたレオーネのデスサイズとオーラムリーフのファイアブレイドによる剣撃だ。
その余波が当たりに充満し、撒き散らされているのだ。
「ふっ、く……!」
幾度となくレオーネに斬りかかるオーラムリーフだが、その表情に余裕はない。それどころか、額に脂汗を滲ませ苦悶の表情を浮かべていた。
さもありなん。端から見ればオーラムリーフが怒涛の攻めを行っているように見えるが、実際に追い詰められているのは、そのオーラムリーフの方だ。
なにせ、少しでも隙をさらせばレオーネから手痛い反撃を受けることが判っている状況で、攻め手を緩める訳にはいかなかった。
だが、その分彼女の攻めは単調になり、結果としてレオーネに簡単に捌かれ、反撃を受けそうになる、という悪循環に陥っていた。
現に今も――。
「よっ、と……!」
「しまっ――!」
レオーネはデスサイズの刃部分を器用に使い、ファイアブレイドの柄を掬い上げて弾き飛ばす。
もっとも、具現化しているとはいえ、ファイアブレイドは魔法だ。
オーラムリーフの手から離れた武装は魔力の結合を解かれ、空気に溶けるように消えていく。
「こんのぉ――!」
しかし、同時に魔法であるということは、再びファイアブレイドを生成するのも可能、ということを意味する。
事実、オーラムリーフは即座に再生成するとレオーネに向かって斬りかかる。だが――。
「……が、はぁ――!」
――衝撃。
オーラムリーフは、自身の腹部に突き刺さる痛みを感じて、からだをくの字に曲げる。
その時、自然と視線が下を向いた彼女の目には、自身の腹に深々と突き刺さるレオーネの脚が見えた。
「……てやぁっ!」
「――ぐっ、あぁ……!」
レオーネの蹴りで吹き飛ばされるオーラムリーフ。彼女はすさまじい衝撃で水平に飛ばされると、一回、二回、と地面をバウンドする。
しかも、それだけで止まることは出来ず床をごろごろと転がった後に、ようやく勢いが止まり停止。その姿はまさしくボロ雑巾のようであった。
「――オーラム!」
その惨状を見たアグは悲鳴のような声をあげる。
この状況はアグにとっても予想外すぎるものであった。
彼にとって契約した魔法少女、という存在は普通の人間を超越した、ただしく超人と呼べる存在だった。
そんな魔法少女を相手どって――いくらオーラムリーフ、秋葉の経験が拙いとはいえ――ここまでワンサイドゲームになるなど想像すら出来なかった。
特にレオーネ、彼女はレッドルビーのような超能力を持つわけでもなく、ブルーサファイアのようなガイノイドでもなく、ただの人間なのだ。
その人間が身体能力だけで魔法少女に勝つなど想定できる方がおかしい。それがアグたちイマジン側、その世界に置ける常識だった。
だが、アグの目の前ではその常識が覆され、魔法少女であるオーラムリーフが追いつめられている。
彼からすると、まさしくたちの悪い冗談みたいな光景だった。
「……うぅん?」
一方、そのオーラムリーフを打ちのめしているレオーネはどこか違和感を覚えたのか、少し悩ましげな表情を見せ、考え込んでいる。
ある意味、彼女にとってもオーラムリーフ。秋葉の弱さが予想外だったのだ。
なにせ、攻撃は単調。防御や間合いの取り方も雑で、どう考えてもヒロインとして戦えるだけの力量がない。
しかし、それもある意味当然だ。なんといっても彼女は二、三ヶ月前まではただの民間人。戦いの場どころか、喧嘩すらまともにしたことがなかった。
そして、ここで二人の常識に対する齟齬が起きていた。
なぜなら、レオーネはもともと孤児であり、壊滅した秘密結社に拐われた後からはひたすら戦いの場に身を置く、血なまぐさい生活を続けていた。その中でレオーネは、その日常こそが常識であり、後に彼女の送った生活が一般的なものでなかった、と理解してもどうしてもそのことが物差しとして頭の中に残ってしまっている。
故に、彼女の中ではどうしてもある程度戦えることが当たり前のことであり、その基準にすら達しないオーラムリーフのことが不思議に思えてしまうのだ。
もっとも仮にそうでなかったとしても、レオーネ自体、身体能力が高すぎる、いわゆるフィジカルモンスターな面があったことから、似たような疑問に行き着いたであろうが……。
「……もしかして、模擬戦は早かった、かなぁ?」
レオーネは自身の考えをまとめるため、独りごちる。その結論は、ある意味において今更すぎるものだった。
そもそも、レッドルビーとブルーサファイア。数多くの怪人を撃破し、その果てに先代大首領時代のバベルを壊滅させた英雄二人を相手に互角以上の戦いが出来る彼女を相手に、いくらなんでも多少身体能力が上がるとはいえ、魔力で身体強化を施さない限り、ほぼ年相応の力しか持たない。しかも、ヒロインとしても新米のオーラムリーフがまともに戦える、などと考えることの方がおかしい。……まぁ、こちらも普通に考えれば、の話になるのだが。
それはともかくとして、レオーネは自信の視線の先。腹を蹴られたダメージがよほど深刻なのか、よろよろと立ち上がりながらも、瞳からはまだ闘志が失われていないオーラムリーフを見つめ、この先どうするのかを思案するのだった。