二人のレッドルビー
「なにこれ……」
『これを開いてる人は驚いてるかもねぇ。では、自己紹介。奈緒さんの名前は青木奈緒――って、そういう情報はお呼びじゃないかな?』
唐突に再生された奈緒の音声データに困惑する歩夢。彼女もまさか、話半分に聞いていた敵組織の大幹部。その本人がこんなものを仕込んでいたなど予想もしていなかった。
『あぁ、そうそう。もしかしたら、画面の前でなにこれ、とか言ってるかもしれないけど、これは音声データなので質問には答えられないよ。悪しからず』
「……っ!」
自分が言った言葉を、まさに言い当てられ動揺する歩夢。
そんな彼女をさておき、奈緒は早速本題だ。とばかりに話し出した。
『それで、中に入ってるデータは楽しんで貰えたかな? 奈緒さんとしては、楽しんで貰えたなら嬉しいんだけど』
「この人が、あのデータを……」
『あっ、そうそう。今のデータは秋葉くんの魔力データと、今までの観測データをもとにした予測部分もあるから、多少のズレはあるかもだから、そこは了承してほしいね』
「秋葉さんのデータなんていつの間に……」
そこまで言って歩夢は理解する。一度だけ、バベルは秋葉のデータを手に入れる機会があった。
そう、エレキクラーゲンたちによる襲撃だ。
あの時に多少なりとも、データを手に入れたのだろう、と。
……だが、その考えは半分正解で、半分不正解だ。
なぜなら、奈緒が秋葉の正確なデータを得たのはそちらではなく、彼女が入院していた病院。正確に言うなら奈緒が彼女に投与した治療用ナノマシンからなのだから。
そして、それは奈緒の独断ではない。
彼女が、奈緒が秋葉にナノマシンを渡す前、なんと言ったか覚えているだろうか?
――なぁに、大首領直々のご命令。というやつだとも。
――大首領としても、彼女がここまで大怪我するのは想定外だったらしくてねぇ。流石にこのままでは不義理すぎるからって、奈緒さんにどうにかするように振ってきたのさ。
このような発言をしていた。そして、さらに言えば秋葉の治療時、盛周はもう一つ奈緒に指令を与えていた。その指令こそが今言った東雲秋葉のデータ取得。
即ち、初めからこうなることは決定事項だったのだ。
『おそらく、奈緒さんが秋葉くんのデータを持ってることを不思議がってるかもしれないけど、そこは重要じゃないよ。それに今回の本題はそこじゃないしね』
「本題はそこじゃない……?」
ならば、なにが本題なのか。
不思議がる歩夢に、奈緒は答えを見せつけるように一つの映像データを再生する。
『本題はこれさ』
「これは、怪人と秋葉さんが戦ったあの時の……」
そう、それはエレキクラーゲンたちの襲撃時の映像。しかし、それの主観はエレキクラーゲンではなくガスパイダーの主観だった。
ちなみに、奈緒は知らないことだが歩夢自身はあの場にいた訳だが、途中で乱入した戦士によってガスパイダーたちの方は確認できていないため、ある意味ありがたいものだった。
もっとも、その感想もすぐに驚愕で書き変わることになる。
映像が流れてしばらくの間、歩夢は感心するように戦士の戦い方を見て頷いていた。ガスパイダーとサモバットが最初期の怪人とはいえ、強化された二体はそれ相応以上の力を持っている。
そんな二体相手に戦士は互角以上の戦いをして見せた。
実際、彼女がバルドルに協力してくれるのならまさしく鬼に金棒。
そんなことを呑気に考えていた歩夢は、次の瞬間。戦士が踏み砕いた地面から飛び出してきたものを見て目を見開く。
「……ブルーコメットぉ――?!」
奇しくも、それは怪人たちと同じ驚きであった。そして戦士はブルーコメットを投てきすることによってサモバットを撃破。
もともと、怪人二体相手に優勢を保っていたのだから、その後に関しては考えるまでもない。……戦況だけを見るならば。
問題は画面いっぱいに映された戦士の顔。見覚えがある、だが、同時にあり得ない顔。
なぜなら、その顔にある傷は彼女になかったし、なにより、今知る彼女よりも大人びていた。
その女性の名は――。
「――なぎさ、ちゃん?!」
――真波渚。またの名を超能力戦士-レッドルビー。
しかし、そんなことがあり得る筈がない。
その時、レッドルビーとブルーサファイアの二人は別の場所で怪人と戦っていたのだから。
「……どういうこと?」
即ち、今レッドルビー。真波渚は二人存在していることになる。もしも、クローンだというなら、彼女を完全再現できそうな科学力を持つ組織として考えられるのは、今データを送ってきたバベル。
しかし、敵組織に。しかも、手札を公開するような形で送ってくるなどあり得るのか?
それが、歩夢の偽らざる気持ちだ。
そして、彼女の考えを肯定するように奈緒は沈黙を破る。
『たぶん、奈緒さんたちが生み出したんだろうとか考えてると思うけど、それは間違いだからね? 残念ながら、本っ当に残念ながらこちらでもレッドルビーの超能力、それを完全再現するのは不可能だったよ』
「……っ!」
『なんとか部分的に再現出来て、それがブラックオニキス。そしてブルーサファイアの強化にあてられたんだからねぇ……』
レッドルビー、渚の超能力を完全再現出来なかったことを悔しそうに語る奈緒。
そんな奈緒の話を聞いて再び心を読まれたことに驚く歩夢。しかし、同時に奈緒が本当のことを話していたとしたら、彼女は何者なのか。その疑問が残る。
もっとも、その答えも奈緒によってもたらされた。
『一応、荒唐無稽だけど、こちらは彼女が何らかの方法で過去、この時代に遡ってきたレッドルビー本人だと予測してるよ』
「……なんですって!」
『ここ、ここ。ここをよぉく見てほしいんだ』
奈緒はそう言うと、とある映像データ。レッドルビーたちのPDC。その一部を拡大する。
すると歩夢のよく知るレッドルビーと、暫定未来から来たレッドルビー。二人のPDC、その細部が異なっていることに気付く。しかも、目立たない位置にだが、見たことのない印字が――。
『この刻印についてなんだけど、これ。奈緒さんが作品を作った際に絶対につけるものなんだよね』
「……は?」
奈緒の言葉を聞いて思考停止する歩夢。それは、つまりレッドルビーが敵の手に落ちた。そう考えられる内容だからだ。だが、そうなるとまたおかしくなってくる。なら、なぜあの時彼女はバベルと敵対したのか?
『奈緒さんとしては、考えられる可能性として何らかの理由でバルドルとバベル。二つの組織が手を携える事態が起きたんじゃないかなぁ、と思ってるんだよ』
そんなことをいけしゃあしゃあと告げる奈緒。
実際に盛周の計画では二つの組織が手を結ぶのは確定事項であり、四天王で先代からの大幹部である奈緒には通達されている内容だ。
それを、さも今予想しました。といった感じで告げているのだから、とんだ狸だろう。
しかし、歩夢はそんなこと知らないのだからまさしく寝耳に水だった。
「……ちょっ! どういう――!」
『まぁ、今回伝えたかったのはこんなところだよ。君らでも彼女のことをそれとなく調べてみると良いよ。じゃあね、奈緒さんでした』
「ちょっと、待ちなさいよっ!」
そんな歩夢の突っ込みが聞こえる筈もなく、奈緒の音声データは終了する。
静寂が戻った室内では、歩夢が混乱した様子で頭を抱える姿があった。
「いったい、本当になんなのよぉ……」
そんな涙声とともに――。
そして、その情報はすぐに千草とも共有され、二人して頭を抱えることになるのだった。