悩める司令官
盛周たちがバベル秘密基地内の会議室で話し合った数日後。バルドル司令官である千草は己の私室にて頭を悩ませていた。
「……本当に大丈夫なのかしら。やっぱり、なにか理由をつけて断った方が――」
彼女の悩み。それは前回、バベル怪人たちに強襲を受け負傷したオーラムリーフ。東雲秋葉の治療のため、シナル・コーポレーションが運営している病院に搬送するように、という通達であったことだ。
しかし、彼女はそのシナル・コーポレーションとバベルが何らかの繋がりがありそうだということを把握している。
そんなところに大事な彼女を、しかもご家族に説明して預かったばかりの彼女を送るのは憚られた。
だが、彼女が断るにしてもいくつかの問題があった。
政府からの通達、というのももちろんであるが、それ以上に以前、件のシナル・コーポレーションを疑っていた筈の渚が――。
――わたしの方でも調べてみたけど、多分大丈夫だと思います。
と、方向を180度変換してしまったことだ。
彼女が何を思って手の平を返したのか千草には分からない。
しかし、それ相応の理由はあると思うのだが、その理由が皆目見当つかないのだ。
それが不気味に思えてしまう。
これが以前バベルの本拠地に拉致された霞、ブルーサファイアなら何らかの方法で部分的に洗脳された、という可能性も考慮できる。しかし、そうではないのだ。
むしろ、霞の方が消極的反対の立場に立っているのだから、逆に訳が分からない。
第一、渚も調べたと言っていたが彼女はヒロインとしての戦闘能力は持つが、それ以外は学生相応の能力しか持たない筈なのだ。
それで調べた、と言われたところで……。というのが千草の偽らざる気持ちだった。
もちろん、彼女が把握していない人脈を渚が築いている、という可能性は十分にあり得るが……。
「それを考えても意味ないのよねぇ……」
ふぅ、とため息をつく千草。
いくら千草が考えたところで、どこまでいってもそれは仮定の話でしかない。
一応、その反応を見せた時、渚にそれとなく聞いた千草だったが、彼女の返事は煮えきらないものであったから、話す気がないか、話すことが出来ない情報源か。
どちらにせよそれではあまり意味がないのは確かだ。
「本当に、どうしたものかしら……」
ひたすら頭を悩ませる千草。それに、彼女の悩みはそれだけではない。
件の強襲で現れた謎の戦士。以前はこちらの邪魔をした筈なのに、今回はこちらの味方をした彼女。
秋葉の話から、彼女の声が女性のものであったのは確かだと報告を受けていた。そして、同時にその声が渚と似通っていたとも……。
直に顔を確認した訳ではないため確定ではないが……。
さらにいえば、そのとき肝心の渚はバルドル基地に確かにいたのだが……。
「あり得るのかしら、そんなことが……」
不確定ではあるが、二人の真波渚という存在。
そのもう一人がどのような存在なのかが、皆目見当もつかない。
そもそも渚の超能力自体、バルドルでも完全に把握できているわけではないのだ。
現時点で分かっているのは、念動力の一種と瞬間移動能力。と、いっても瞬間移動に関してはあくまで機械の補助を受けて始めて使用できる、といったところだが。
そして、それらの能力から、彼女の真価は空間と時間に関するものではないか、というのが現在の見解だ。
もっとも、これらについても予想でしかないが。
だが、そうすればもう一人の真波渚について説明はつく。問題としては、彼女が誰の力を借りたか、についてだ。
恐らくバルドルだけで、というのはあり得ない。
いくら技術のブレイクスルーが起きたとしても、そこまで大規模なことは出来ないと千草は確信している。
それは彼女がバルドルの司令官として、誰よりも組織について知識があるからだ。
バルドルではあり得ない。そうなると、候補は必然的に絞られてくる。
なにせ、バルドル自体も一般社会からすれば高度な技術を獲得しているのだ。それを超える組織となると一つしかない。
――秘密結社バベル。
かの組織と真波渚に、何らかの関連性があればあるいは……。
しかし、それはあり得るのか?
渚はかの組織に両親を殺されているし、渚自身バベルの大首領、副首領を討っている。いわば、不倶戴天の敵同士だ。
一応、可能性として先代亡き後、新しい大首領に彼女の幼馴染みである池田盛周君が就任している、という報告は霞から受けているが……。
「それとも、その盛周君から情報を受け取った、ということかしら……?」
渚自身が頑なに明かそうとしない情報源。それが大首領直通のものであるとするならば……。
「明かせる訳ないわよねぇ……」
頬に手を当て悩ましげな表情をみせる千草。
敵対する組織の長とヒロイン。ラブロマンスとして見るなら、これほど面白そうなものはないだろうが……。
「流石に現実ではないわ……」
どう考えてもフィクションだからこそ楽しめる要素なのであって、現実として出てくると、その、色々と面倒すぎる、と嘆息する千草。
しかし、そうなると色々と考えを変えていかないといけない可能性も出てきた、と千草は痛む頭を押さえる。
かつてレオーネが語ったバベルの方針転換。それが現実味を帯びてきた可能性があるのだ。
それの架け橋となったのが池田盛周と真波渚。
そこまで考えた千草は、流石に物語に毒され過ぎか、と頭を振る。
なお、事実は盛周が大首領に就任した際、本当に方針を転換しているのだから、当たらずも遠からず、だったりする。
まさしく、事実は小説より奇なり、という言葉通りだった。
「はぁ……。本当に、どうしたものかしら……」
重々しくため息をつき、なおも頭を悩ませ続ける千草。それは、彼女を心配した歩夢が部屋を訪れるまで続くのだった。