シナルの旗印
「まず、今回は勝手に動いて済まなかった」
会議開始時、いきなり頭を下げる盛周。
盛周のそんな行動に楓とレオーネは目を白黒させる。
「だ、大首領! そのようなこと――」
「そうだよ、ご主人さま!」
慌ててフォローしようとする二人と対照的に、古参の奈緒と朱音は涼しい顔をしている。
彼女ら二人は、これが盛周が行う一種のパフォーマンスだと理解していたからだ。
そも今回行われた東雲秋葉への襲撃。
それが突発的に行われたのであれば、それこそ即座にバルドル、レッドルビーとブルーサファイアが反応しなければおかしい。
しかし、実際は彼女らが救援に現れることなく、それどころか戦場となった地域には民間人の姿すらなかった。
これらが意味すること、それは――。
――バルドルに対しては政府からの掣肘が、そして現場となった地域では避難訓練の名目で民間人がすべて避難していた。
……いくら前身が政府組織だとはいえ、ただの秘密結社に政府を動かすほどの政治力があるのはおかしい、と思うかもしれない。しかし、これにも明確な理由があった。
かつて、真波渚が自宅でテレビを見ていた時、バベルが襲撃した工場地帯で違法薬物が発見された。と報道されたことを覚えているだろうか?
報道では、それを製造していたのはバベルではないか、と放送していたが事実は違う。
むしろ逆で取り締まるべく動いていたのだ、政府からの要請で。
むろん、実際にバベルがそういった行動をしたら逆に大騒ぎになりかねないため、彼らは囮として動いていた。かの場にバルドルを、ヒロインたちを誘き寄せて戦うことで注目させるために。
そして、その被害状況を確認するため訪れた警察によって違法薬物が発見される。というのが政府とバベルの筋書きだ。
だからこそあの時、盛周は最低限の目標は達成された。と、配下たちに告げたのだ。
もっとも、そんな回りくどい方法を取るのなら、直接警察に指示を出せば良い、と思うかもしれない。
しかし、それを行えない理由があった。それはあの工場のバックに利権絡みでいくつかの組織、そしてとある政治家がいたことに端を発する。
ゆえに、普通に動こうとして握りつぶされてしまう。ならば、普通に動かなければ良い。そのために白羽の矢が立ったのが、バベルという組織だった。
つまり、ある意味に於いて、バベルと政府は蜜月の仲、といわれてもおかしくない関係を築き上げていた。
そして、ある意味もちろんであるが、件の工場に利権を持っていた政治家はその後失脚し、行方不明となっている。
その最後がどうなったか、それを語る必要はないだろう。つまりは、そういうことなのだから……。
多少話が脱線したが、そのようなことからレオーネという橋渡し役を通じてだが二つの組織は連携していた。
そして今回の襲撃。政府の方でも新しく発見された侵略者である魔物や魔人、それと対抗できる魔法少女の力を把握するのは急務であり、レッドルビーも――意味合いが違うとはいえ――賛同しているのであれば是が非でもなかった。
だからこそ、このようなスピードでトントン拍子に状況が動いたのだ。
もっとも、そこにあのような想定外が現れるのは予想もしていなかったのだが。
ともかく、形だけの謝罪を済ませた盛周は頭を上げ、今度は朱音と奈緒に問いかける。
「朱音、博士。君たち二人に確認したいのだが、シナル・コーポレーションで東雲秋葉の治療を行うことは可能か?」
「はい、盛周さま。我らの方で行うことは造作もないですが――」
「むしろ問題は向こうの司令さんだねぇ……。彼女はシナルとバベルの繋がりを知ってる訳だし、そんなところに彼女を送りたくないんじゃないかな?」
二人はレオーネを見ながらそんなことを言う。
かつて、千草や歩夢にネタばらしをしたのが彼女であり、その後、千草がそれとなくシナル・コーポレーションに探りを入れていたのは朱音も認識していた。
暗に、そのことを咎められていると感じたレオーネは、乾いた笑みを浮かべ、後ろ髪を掻いていた。
「たはは……、それを言われると弱いかな。でも、あのタイミングで情報を開示しとかないと色々と面倒事になってた可能性が高いし……。それに、朱音さんも悪いんだよ?」
「なに……?」
レオーネの言葉を聞いて片眉をつり上げる朱音。
しかし、レオーネはそれに意を介さず、理由を告げる。
「まさか、変装もしないで表に顔をさらすなんてさぁ……。向こうにはかすみちゃんがいるんだから疑ってくれ、と言ってるようなもんだよ?」
「う、む……」
レオーネに指摘され、朱音の張り詰めていた雰囲気が少し弱まる。
彼女としても痛いところを突かれた。そんなところだろう。
かつて、バベルが復活する前であれば問題なかった。
特に破壊活動も行っていなかったバベルの大幹部が改心し、真っ当な職に就き活動している、と言い張れた。
しかし、バベルが活動再開した以上、その言い訳は通用しなくなってしまった。で、ある以上本来は何らかの処置を行うのが適切だったのだか、いくらなんでも人材不足のバベルにそれを行うだけの余裕はなかったのだ。
そして、それがズルズルと引き延び、その結果が今回に繋がった。
いわば、レオーネからすればあの時、敢えて情報を開示することで、ある程度不信感を払拭するために動いた、というのが言い分だった。
まぁ、そこを議論したところで過去の行いは変わらず、あまり意味はないのだが……。
辺りになんとも微妙な雰囲気が流れる。それを払拭するように盛周は再度二人に問いかける。
「ともかく、だ。二人とも、治療自体は問題なく行えるのだな?」
「ええ、それはもちろん」
「奈緒さんたちの技術をもってすれば、それこそ老衰でなければ、死者でさえも生き返らせてみせるよ?」
二人の回答を聞いた盛周は満足そうに頷くと。
「ならば良し。なに、彼女をこちらに引っ張る方法なら思い付いている。だから博士には彼女の治療と――」
その後、盛周が出した言葉。それを聞いた奈緒は面白い、とばかりに笑みを浮かべ、彼の指示を了承するのだった。