四天王筆頭という傑物
一通りの考えを巡らせた盛周。
自ら淹れたコーヒーを飲んで一息ついていた彼だったが、休憩している彼の耳へ側に置いていたスマートフォンからアラームが鳴る。
「おっと、もうこんな時間か……」
彼は自身のスマホ、そこに表示されている時間を確認すると残っていたコーヒーを一気飲みする。
「……熱っ!」
……もっとも、まだ淹れたてということもあり、一気飲みするには多少熱かったようで、犬のように舌を出して熱を冷ましていた。
そして彼はだれも居ないにも関わらず、誤魔化すように咳払いをすると。
「そろそろ、あちらに向かわないとな。もう、皆来ているかもしれないし……」
と、独りごちながら部屋を後にする。
――彼が去った部屋、その机に一つの資料があった。
そこには極秘、という文字とともにシナル・コーポレーション概要という文字が綴られていた。
いつもバベル四天王と盛周が使用する会議室。そこには既に盛周以外の四天王――今回はレオーネもいる――の姿があった。
その中の一人、レオーネは心配そうな顔をして朱音へ話しかける。
「ねぇ、朱音さん。ご主人さま大丈夫なのかな?」
「唐突にどうしたのです、レオーネ?」
「だって……。いつもご主人さま、ボクたちがここに来る前から既に席に座ってるじゃない? でも今日は……」
盛周がまだ会議室まで来ていないことを確認して、そう語りかけるレオーネ。
彼女が言うように、基本的に盛周は会議がある際、誰よりも早く会議室入りしている。
それは彼が他のメンバーより比較的時間に融通がきくというのもあるが、それ以上にあまり彼女たちを待たせ仕事に支障を与えたくない、と思いからだった。
なぜなら、朱音はシナル・コーポレーション代表取締役、奈緒はバベル内の技術研究を一手に担い、レオーネはヒロインとしての仕事と二足の草鞋。そして楓は盛周の護衛を行いながら作戦立案というように色々と本当に時間がいくらあっても足りないというのを理解しているからだ。
もっとも、部下側からすると自身のトップが最初に会議室入りしているというのは、色々とやりにくいものがあるだろうが……。
ともかく、そういうことから今まで盛周が他のメンバーに遅れて会議室入りする、というのは基本なかった。
それがたとえ会議開始前であってもだ。
だというのに、今日はどうだ?
既に四天王は全員席に着いているというのに、肝心な盛周の姿がない。
今までではあり得ないことだった。
「やっぱりご主人さまも無理してるんじゃないかな?」
「ふむ……」
レオーネの問いかけを受けて思案する朱音。
先ほど四天王が激務という話をしたが、実際のところ、それは盛周にも当てはまる。彼も表の顔である学生と、裏の顔であるバベル大首領という二つの顔を持つ。
そして表の顔である学生の行動時間に大首領としての業務、決済などを行える訳がなく、必然的に業務をこなすのは平日の夕方以降、それと休日に限定される。
即ち、彼の決済がない限り遅々として進まないにも関わらず、そのための行動時間が著しく制限されているのだ。
もちろん、そのことについて朱音もまた理解していた。
だからこそ、実質No.2である彼女でも決済できる書類等は優先的に朱音の方へ流され、彼女ですら決済不可能な、本当に大首領しか承認できない書類だけが盛周の下へまわされている。
つまり、実は朱音に業務に関しては通常の、シナル・コーポレーション代表取締役としての役割と平行して、バベルの内務としての全般。そして実質副首領としての業務、その三つを同時にこなしていたのだ。
はっきり言って朱音の業務だけ明らかに大量、ブラック企業すら真っ青になりかねない量であるが、なんと彼女はそれらをこなしつつ、当日の業務は当日中に終わらせていた。
むろん、それは本日が深夜23時59分までだから、という意味ではなく遅くとも19時までには終わらせている、という徹底ぶり。
もはや優秀という言葉では片付けられない傑物ぶりだった。
……かつて彼女は盛周に自身を含め、大幹部と少人数が生き残っているためバベル運営は問題ない、と告げた。
それは強がりでもなんでもなく、ただの事実だったのだ。
なぜなら、実質朱音と奈緒さえいれば最低限、本当に最低限であるがバベル運営は続けることが可能なのだから。
……少々話がずれてしまったが、それだけのことをこなせてしまう彼女の明晰な頭脳をもって盛周のことを考える朱音。
レオーネはおそらく、盛周が過労気味ではないのか、と不安がっているようだが……。
彼女が確認した直近の盛周。彼の顔色や行動を鑑みてそれはない、と判断した。
確かに、普通の高校生相手ではあり得ない業務量。だが、盛周は普通の高校生ではない。
つまり、彼には業務をこなせるだけの土台があったのだ。転生者という、かつて大人として社会の波にもまれた経験という土台が。
それとともに十代という年齢に裏付けられた豊富な体力、そして圧倒的な回復力。
それらを加味して盛周が過労というのはあり得ない、と朱音は判断したのだ。
「安心なさい、レオーネ。あなたの心配は杞憂でしかないわ」
「でも……」
「それに盛周さまなら、たぶんもう少しで――。……どうやら、来られたようね」
レオーネに説明していた最中、朱音は会議室の扉越しに人の気配を感じ取る。
「すまない、少し遅れたようだな」
「いえ、盛周さま。未だ開始時刻にも達していませんので……」
会議室に遅れて済まなそうに入ってくる盛周に、朱音はやんわりとまだ時間前であることを告げる。
そも今回に関しては、四天王の業務が早めに終わったから入室時間が逆転しているだけで、そこまで盛周が気に病むものでもなかったのだから。
「そういってもらえると助かる。……では、今回の会議についてだが――」
自身の席に着きながら、早速本題に入る盛周。
彼の言葉に集まった四天王たちも身を引き締めるのだった。