悪巧みと想定外
秘密結社バベル、大首領の私室で報告書を見ていた盛周は頭を抱えていた。
「ええい、エレキクラーゲンが先走った時の保険として奴らを宛がったのに、想定外にもほどがあるぞ……」
以前、盛周たちに協力をした謎の戦士。彼女がふたたび現れ、しかも今回はバルドル側に立ってこちらと敵対したのだ。
それだけだったら、まだ頭を抱える事態にはなっていなかった。
一番の問題は彼女がストッパー役の二体、ガスパイダーとサモバットを相手に大立回りしたことだ。
その結果、東雲秋葉。魔法少女オーラムリーフとエレキクラーゲンが一対一で戦うことになり――。
「オーラムリーフが勝利するものの本人は重傷、か。最悪だろ……」
苦虫を噛み潰した表情をみせる盛周。流石にここまでの大惨事になるとは、彼も予想外だった。
そもそも、なぜ彼が怪人たちをオーラムリーフへけしかけたのか。それは彼自身の思惑もあったが、それ以外の要因もあった。
以前、彼がオーラムリーフの戦力調査をどうするか悩んでいた時にかかってきた電話。その時まで巻き戻る。
「……なぎさのやつ、どうしたんだ?」
電話をかけてきた相手、それは彼の幼馴染みである真波渚であった。
直近の用事等はなかった筈だが、と考えつつも、既にかかってきている以上何かあるのだろうと思い、電話に出る。
「もしもし、どうしたなぎさ?」
『あっ、チカくん。ごめんね、いま大丈夫?』
「ん? ……あぁ、大丈夫だが」
渚の確認に、今までしなかったのに珍しいと思った盛周。しかし、すぐに彼女が盛周の正体。バベル大首領であることを知ったことについて思い出す。
だからこそ、彼女は時間は大丈夫? と確認したのだろう。
もっとも、盛周はそのことをおくびにも出さずに要件を問いただす。
「それで、どうしたんだ急に?」
『うん、ちょっと……。チカくんに頼みたいことがあって』
「頼みたいこと……?」
普段の彼女であれば、そんな断りを入れず普通に頼み事をする筈なのに。明らかに普通とは違う彼女に盛周は疑問を抱く。
しかし、次に彼女の口から出てきた言葉を聞いて、盛周は驚き、そして呆けた声をあげる。
『うん、頼み事。…………とある人を怪人で襲ってほしいの』
「……………………は?」
まさかの怪人による襲撃依頼。しかも、本来それを止める筈のヒロインが、だ。
あまりにも予想外の事態に、盛周の思考が停止するのも無理なかった。
「いやいや、まてまて。おまえ、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
思わず真顔で問いかける盛周。
襲撃依頼事態がヒロインとしてあるまじき行為だし、何より彼女がそれをする意味が理解できなかった。
だが、そういわれた程度で引き下がるなら、渚も始めから言うつもりなどなかっただろう。
事実その通りだったようで、彼女はなぜそのようなことを言ったのか、その理由を話し始める。
『チカくんも知ってるよね? ウチに新しい娘が入ってきたこと』
「例の魔法少女のことか? あれは加入というより保護じゃないか? まぁ、現状では、だが……」
『そこら辺はただの言葉遊びでしかないし……。それより、彼女をこのまま戦いの場に立たせるのは危険かな、って……』
「それこそ、かつてのなぎさみたく場数を……。なるほど、そういう意味か」
盛周はそこまで言って、渚が襲撃依頼をした真意を理解する。
そう、これは簡単に言えばマッチポンプの依頼。彼女、東雲秋葉に怪人との戦闘で経験を積ませ、少しでも戦死する確率を減らそうという魂胆だ。……というのが、盛周の予想だった。
もっとも、渚からするとほんの少し違った。
盛周の予想自体は合っている。ただ、それと同時に彼女の心が折れて、魔法少女。ヒロインをやめたとしてもまた良し、と考えていたのだ。
そうすれば最悪の事態。知らず知らずのうちに自身が大事に想っている人を手に掛ける可能性がなくなるのだから。
つまり、渚にはどちらに転んでも問題ない。そのための依頼だった。
この依頼について、ある意味盛周にとっても渡りに船だった。
実際、魔法少女の実力。そして能力を測るため怪人を襲撃させることを考えていたのは盛周も同じだ。
しかし、実際にそれをするには各所に根回しが必要だった。が、そのことに一線級のヒロインである渚、レッドルビーが賛同しているのであれば、それを説得材料の一つとして使える。
そうすればかなりの時間短縮を望めるし、下手な疑いも持たれなくなる。
もちろん、各所にレッドルビーに盛周の正体がバレていることを悟られないようにする必要はあるが。
もっとも、そちらについてはレオーネをうまく使い、それとなくあちらに伝えれば問題ないだろう。
なにせ彼女も一線級のヒロイン。その彼女が心配して、というのは筋が通る。
しかも、彼女がバベルと関係あるということは向こう側も承知しているのだから。
説得するための道筋を固めた盛周は、断る理由もない、と彼女の頼み事を快諾する。
「なるほど、分かった。そういうことならこちらで受け持とう。時間もそうかからない筈だ」
『ほんとっ! ……良かったぁ』
盛周の返事を聞いて安堵する渚。
彼女の声を聞いて、盛周は可笑しそうにくすり、と笑う。
彼の笑い声が聞こえたのだろう。一転して渚は不機嫌そうな声をあげる。
『むぅ、チカくん。何が可笑しいの』
「何が可笑しいも、秘密結社のボスとヒロインが共謀して悪巧み、なんてこれほど可笑しいことがあるものかよ」
『…………あぁ~~』
盛周の指摘に、渚は何も言えないとばかりに冴えない声を出す。
そして、渚は声に焦りを滲ませ、誤魔化すように早口で捲し立てる。
『と、ともかく! チカくん、本当にお願いねっ!』
そのままがちゃり、と渚は通話を切る。
唐突に通話を切られた盛周は顔をしかめるが、すぐに普段の表情に戻ると――。
「さて、それじゃあまずは各所に連絡、これはレオーネに任せるか――」
各所に仕事を割り振るため、頭を回らせ始めるのだった。