たとえ半人前であろうとも
成長したレッドルビーが二人の怪人を撃破した時より、少し時を巻き戻す。
彼女の手により怪人二人が吹き飛ばされた結果、奇しくもオーラムリーフとエレキクラーゲンが一対一で戦う場が出来ていた。
「ふん、小娘が。粋がるなよ!」
「あんたこそ、アタシを舐めるんじゃないよ!」
二人はお互いを罵りながら激突した。
初手はオーラムリーフだった。
「おらぁっ!」
彼女はエレキクラーゲンに向かって渾身の拳を放つ。しかし、それをクラーゲンは拳を包み込むように止められる。
そしてエレキクラーゲンはそのまま拳を砕くべく力を込める。
オーラムリーフの拳からみしり、と嫌な音が響く。
痛みで顔をしかめるオーラムリーフ。
「ぐっ……!」
「どうした小娘?」
エレキクラーゲンは余裕綽々といった様子で、くつくつ笑っている。
だが、オーラムリーフもこのまま終わるつもりはない。
「こんのぉ……!」
彼女は自身の魔力を活性化させ、拳に炎を纏わせる。
突如として拳が燃えたことで、エレキクラーゲンは反射的に拳を放してしまう。
「ぐおっ……! 貴様ぁ――」
それでも多少のダメージは入ったようで、エレキクラーゲンは手を抑えながら忌々しそうにオーラムリーフを見ている。
そして次は数多の触腕をオーラムリーフへ殺到させる。
むろん、オーラムリーフもそんなことを許すつもりはなかった。
「ファイアウォール!」
彼女は自身の四方に炎の壁を顕現させる。それによりエレキクラーゲンの触腕を防いだのだ。
もちろん防ぐだけでは意味がない。彼女は防御を行いながら、自身の魔力をエレキクラーゲンの足元へ――。
「フレアピラー!」
「――ぐおぉぉぉぉっ!」
足元から突如上がった炎の柱に身を焼かれるエレキクラーゲン。
攻撃が当たったと確信したオーラムリーフはファイアウォールを解除する。
そして彼女は、自身の必殺魔法。ファイアブレイドを起動した。
そのまま彼女は火で焙られているであろうエレキクラーゲンに突撃する。しかし――。
「オーラム、危ないもん!」
アグから放たれた警告の声。だが、それは既に遅かった。
「……あぐぅ!」
彼女の腕に、脚に、身体中に触腕が巻き付いていた。
「なん、で……」
炎で焙られていた筈なのに。そう思い、困惑するオーラムリーフ。
確かに彼女の炎はエレキクラーゲンの身を焼いていた。だが、相手は怪人。魔物や人間のように生命体ではなく、あくまで改造人間。さらにいえば完全機械製の存在である。
ゆえに痛み、という感覚はあるものの、それでショック死することもなく、やろうと思えば痛み自体、カットすることも出来る。もっとも、痛みとは身体に対する警告を兼ねているため、基本的に切るつもりはないのだが……。
しかし、そんなことを知る筈もないオーラムリーフ。
だからこそ、オーラムリーフに対する奇襲として効果を発揮したのだ。
「大首領は貴様の力を測れ、と申された。だが――!」
「う、ぎぃ……」
オーラムリーフの全身に絡み付く触腕が、彼女の身体を砕くべく、みしみし、と力を入れる。
だが、痛みで顔をしかめている筈の彼女の頬は微かに紅潮している。
彼女を縛る触腕が力を込め、引き締める度、僅かにずり、ずりと敏感な部分を擦っていたのだ。それにより、オーラムリーフは痛みの中で無理矢理、心地いい感覚を叩き込まれていた。
「くっ、ふぁ……」
痛みと苦しみ、その中で感じる快楽。相反する感覚を強制的に叩き込まれ、彼女は大混乱に陥っていた。
「あ、ぎ……。ん、んぅ――」
触腕から脱出するためには、先ほどのようにその身に炎を纏わせればいい。しかし、混乱している今の彼女では、うまく魔力を扱うことが出来ない。
「オーラム――!!」
アグの叫び声が響く。
だが、その叫びはオーラムリーフに届かない。
うじゅる、うじゅる。と全身に巻き付く触腕。しかも、今度はさらに触腕へ電流が流れていく。
「う、ぁぁぁぁぁぁ――――!」
ただでさえ敏感になっているオーラムリーフに、その刺激はあまりに強すぎた。
目や鼻から液体を流し、太ももにも生暖かい液体が――。
「ふん、大首領は貴様を大層気にしておられたようだが……」
オーラムリーフの無様な姿を見て、くつくつ、と見下げ果てた目で嗤っている。
「今、この場で貴様の命を絶てばあのお方も俺の力を認めていただけるだろう」
自身の力が認められ、大首領たる盛周に称賛されるだろう、と夢想するエレキクラーゲン。
もちろん、実際のところは逆に叱責を、最悪破棄されるだろうが、そんな可能性を彼は微塵も考えていない。己に都合のいい部分しか見ていなかった。
だからこそ、盛周はガスパイダーとサモバットをお目付け役として同行させていたのだが……。
「これで、トドメだ」
エレキクラーゲンは触腕へさらに力を込める。みしみし、と全身から音を鳴らせるオーラムリーフ。あと少し、力を込めれば彼女の全身の骨は砕け、そのまま死んでしまうだろう。
このまま、なにもしなければ――。
全身の骨が砕ける寸前のオーラムリーフ。彼女の脳裏には走馬灯が走っていた。
「……ここ、は?」
『――――』
聞き覚えのある声がオーラムリーフ、秋葉の耳に聞こえてくる。
驚いて振り返るオーラムリーフ。そこには、彼女の親友。西野春菜の姿が――。
『――――』
「な、なに? 何て言ってるの春菜?」
春菜が何かを喋っているのは理解できる。しかし、それが判らない。
春菜の表情が曇り、彼女の姿が霞んでいく。
「ま、待って春菜!」
消え行く春菜を引き留めようとするオーラムリーフ。
「ア、タシは……」
――春菜の姿が消えたから。見えなくなったから諦めるのか?
……否。
――何のために東雲秋葉は、魔法少女オーラムリーフとなった。
……ヒロインに憧れたから。
――本当に?
……違う。春菜を、親友を助けたかったから!
――ならば、何をすれば良い?
「アタシは、アタシはぁ――――!」
そこで秋葉の、オーラムリーフの走馬灯が終わる。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ――!!」
「な、なにぃ。急に炎がぁ――!」
最後のトドメとばかり力を込めようとしたエレキクラーゲン。しかし、それを為す前にオーラムリーフの周囲に炎が巻き起こる。
これにはたまらず触腕を放すエレキクラーゲン。
触腕から解放されたオーラムリーフはその場に倒れ伏す。
「ごほっ、がはっ……」
咳き込み、血反吐を吐くオーラムリーフ。彼女が咳き込む度、砕ける寸前の骨が軋む音がする。
あまりの痛みに気絶しそうになるオーラムリーフ。
しかし、ここで気絶すればどうなるか。
それを理解しているオーラムリーフは朦朧としている意識を何とか繋ぎ止める。
ここで意識を失えば、自身はおろかアグや歩夢の命まで危ないのだから。
「……ファイア、ブレイド――!」
ファイアブレイドを顕現させ、杖代わりにして立ち上がるオーラムリーフ。
しかし、足元はふらつき移動することすらままならない。
そんな彼女を見てエレキクラーゲンは嘲笑する。
「くくく、そんなザマで何する気だぁ?」
「……アタシ、は――」
――魔法少女、ヒロインだ!
彼女の気合いに気圧されるエレキクラーゲン。
それは彼の明確な隙となった。
確かに、今のオーラムリーフはまともに移動することすらままならない。だが、だからといって攻撃する手段がないわけではない。ならば――!
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁあ――――!」
オーラムリーフは自身が持つ魔力のすべてをエレキクラーゲンの周囲へ注ぎ込む。そして彼女は――。
「フレアピラー……!」
複数のフレアピラーをエレキクラーゲンの周囲に発生させる。
「はっはっはっ、何のつもりだ!」
ついにまともに狙いをつけることも出来なくなったのか。そう嘲笑するエレキクラーゲン。しかし、この事自体もオーラムリーフの狙い通りだった。
次の瞬間、なんと発生しているフレアピラーがエレキクラーゲンを中心として、回るように動き始めたのだ。
「な、何ぃぃぃぃっ――!」
予想外の事態に驚くエレキクラーゲン。彼の耳にオーラムリーフが呟いた言葉が聞こえてくる。
「……フレア、ストーム!」
その直後、複数のフレアピラーが一気にエレキクラーゲンへ接近!
合体すると特大の炎の嵐になる。
炎の嵐に巻き込まれたエレキクラーゲンが断末魔をあげる暇もなく、灰すらも燃え尽きたのだった。
それを確認したオーラムリーフは、ほんの少し頬を緩め――。
「……やっ、た」
気力、体力、魔力の限界に達したオーラムリーフ。彼女の変身は解かれ、東雲秋葉の姿に戻り倒れ伏す。
そんな彼女のもとへ、歩夢とアグが慌てて駆け寄るのだった。